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納得いかないカーナビの案内

最近はドライブして移動することがよくあるので、
スマホのMAPアプリをカーナビとして使っています

昔であれば、地図を広げて、アーダーこーだいいながら
運転しなければいけなかったのに比べて
今の時代はとてつもなく恵まれている、そう思うことがあります

ただそれはいいことばかりではなくて、
アプリを使っていると、妙なストレスを抱えることにもなります

自分が知っているみちを通らずに
あえてよくわからない細い道を通る指示が出て
その通りに運転してみると、結局遠回りになったり

「迂回すれば20分短縮できます!」
「どうしますか?答えてください」

なんて画面が出てきて、

どう迂回するのかも確認する暇もなく、
慌てて「はい」を押してみると
なぜだかわからないけれども、迂回前の到着時間の方が早かったり

アプリに頼ると便利な反面、
地に足をつけて運転する感覚が全くない時があります
そして、そんなことは少なくなかったりもします

冒頭で、昔の地図をめくる時代よりも便利だと書きましたが、
それと同時に自分の頭の中にMAPがダウンロードされる機会は
極端に減っているし、それによって地図を覚えず
結局毎回アプリに頼らざるを得ない状況も生まれています

昔親と何度も通った道はカーナビはなかったけれども
自分の目でしっかりと(液晶画面のカーナビはみずに)
ただただ、道なみをじっと観察していたから、20年経った今も忘れません

記憶を外部に頼ることは一見すると
とてもとても便利で、楽で、いいことしかないように感じますが
実はそれ以上に自分の頭の中で考えたり、組み合わせたりする
料理の材料が随分と減っているような気がしてもなりません

だからたまには地図を見て、頭の中にイメージを持って
アプリを使ったりしないと、アプリに使われている自分になっているかもしれない。そんなことを考えた日曜日の午後でした。
(電車の路線も同じかもしれません。駅員さんに聞いた行き方は一度しか聴いていないのにずっと忘れなかったりしています。便利って難しいです。)

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