朝なんてこなければいい
「なんでもたくさんある時代だからね、そのなかでひとつ自分だけのものが欲しくなったの」
「だからって、シーツにパッチワークはしなくていいと思うんだけど」
彼女はたまに、衝動にかられたように一点ものを欲しがった。
普段はおっとりしているというのに、こういうときばかりはとめられないほど衝動的になる。
たしかこの前は、カーテンにドリームキャッチャーの刺繍をいれている。
とめたけど、にわか仕込みの刺繍の腕を頼りに数日もかけて作りあげた。
針を入れているときはたしかにきれいにできていたけれど、遠目に見るとあらが目立つ。そもそもカーテンの形を勘定に入れていなかったようで、波打っているせいでドリームキャッチャーの円がすっかり崩れてしまっていた。
「今度はなにもない?」
「その言い草、もしかして期待してないでしょ。わたしだって、成長するんだから」
「期待していないわけではないけれど」
嘘をついたことはご愛嬌としてもらおう。
実際のところ、期待してはいないのだ。なんせまともに刺繍の経験もない人間がぶっつけ本番で手作りしたふたつ目の作品に期待をしろという方が難しい。
おそるおそる、ベッドに体を静めてみた。
とりあえずのところ、待ち針を放置しているようではなかったので一安心できた。
ただ、寝心地が非常に良くない。ごわごわしていて、下地に使った布とパッチワークの縫込みが足りないせいで、シーツを二つ重ねているようだった。
少しでも動けば二層のシーツが擦れあい、少し熱を持つ。
思わず寝る邪魔をしたいのかと聞きたくなってしまったが、彼女の表情はそんな言葉を予想だにしていないようで、素直に感想を口にすることが悪いことをするように思える。
「どう寝心地は」
「いい夢見れそうだよ。なんならこのパッチワークの数だけ、ずっと見ていられそう」
「そうなんだ、よかったあ。わたしも寝てみたんだけど、やっぱり自分で手づから作ったものは愛着がわくね」
「そうだねえ」
ずっと夢を見ているとなると脳は休まっていないことになる。
そんなことを暗に伝えながら精いっぱいの皮肉を言ったつもりであったんだけど、どうやら伝わらなかったのだと思う。彼女の無邪気な笑顔が悪いことをしているように思わせる。
「ねえ、起きたらどんな夢を見たか教えて」
彼女はぼくに意地悪なことを言っているのだろうか。
一体どれだけ夢の数を彼女に教えなければいけないのか、ずっと朝なんてこなければいいと思ってしまった。
こちらのマガジンに収録しました。
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