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めくらやなぎと眠る女

 この映画は、音楽家でアニメーション作家のピエール・フォルデス監督が、村上春樹の「めくらやなぎと、眠る女」「かえるくん、東京を救う」「バースデイ・ガール」「ねじまき鳥と火曜日の女たち」「UFOが釧路に降りる」「かいつぶり」の6つの短篇を再構成してつくったアニメ映画であり、実写をアニメ化するライブ・アニメーションという手法を使って、アヌシー国際アニメーション映画祭や新潟国際アニメーション映画祭で受賞した作品であるといいます。

 ストーリーは、東日本大震災後、刻々と被害を伝えるニュースを深夜まで見ていた、サラリーマンの小村の妻キョウコが突然失踪します。小村は上司から早期退職を勧告されるなか、愛猫のワタナベを探しまわりますが、同僚に中身の知らない小箱を妹に渡してくれと頼まれて北海道へ向かい不思議な一夜を過ごします。一方、小村の同僚で小心もので臆病な片桐が家に帰ると、巨大なカエルがいて、東京を次の地震から救おうと頼まれ、大いに困惑しますが従います。



 ところで、この映画のモチーフになっている、めくらやなぎというのは、強い花粉があって、その花粉をつけた小さな蝿が耳から潜りこんで女を眠らせるという架空の植物だそうです。この映画では、キョウコがめくらやなぎを作ったことになっています。

 また小村が失踪したキョウコに送る携帯のメッセージや謎の少女との会話のなかに、ねじまき鳥が出てきますが、ねじまき鳥というのは、近所の木立に毎日やってきて、そこに住んでいる人々の世界のぬじを巻く鳥だそうです。
 村上春樹はこうした架空の動植物をつくるのがとてもうまくて、それが村上春樹ワールドの大きな魅力のひとつになっていると思われます(この点については、わたしのNOTEの2022年3月20日の『めくらやなぎ、って本当にあるの?』でも触れています)。

 それはともかく、この映画の登場人物は、みな老け顔の普通の人々で、妙に生々しくリアルであり、キョウコなどは中年女の生活臭や気だるささえ感じられます。
 そうした普通でありながら何か欠落や後悔を抱えた人々が、日常のちょっとしたことを引き金に、遠い記憶やどこまでも続く暗い廊下や夢のなかをさまよいながら、自分と向き合い、何者でないままに自分をとりもどしていく、気づきを得ていくさまがこの映画では描かれています。
 キョウコの場合は、震災をきっかけに、心のなかにあった違和感があらわになり、片桐の場合は自分の分身ともいえるかえるくんと対峙して、違う道に踏み出すのです。


 キョウコが小村に語る「あなたとの生活は空気の塊と暮らすみたい」とか、小村が失踪したキョウコあてに携帯のメッセージに書いた「君はどこに行ったんだい?ねじまき鳥は君のネジを巻き忘れてしまったのかい?」など村上春樹ワールドを彷彿させるワードが満載であり、それが、どこかリアルから浮遊した不思議な感覚をもたらし、非日常性を際立たせているように思われます。



 パンフレットによりますと、フォルデス監督は村上春樹のことを「人間の心の奥底の動きを、表面のかすかなさざ波を描写することで物語る作家」と語り、「平凡な日常世界において、現実と内面の両方で起こった劇的な出来事によってその世界が揺るがされるちょっとマジカルな物語」を作りたかったと述べています。またフォルデス監督は、この映画が、誰にでもある、自分が目指していた自分になれていない、行き詰まり感、それに気づいて、自分を見つめなおすきっかけになればいいとも言っています。
 このように見てくると、この映画は、現実と非現実の境界が混じりあうような村上春樹のマジック・リアリズムの世界が詩情ゆたかに描かれており、それが好きな方にはお勧めの作品と言えましょう。


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