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小説『ワンダリングノート・ファンタジー』(5)足元を見て

Chapter 5


「うう⋯⋯」

 警官は膝から崩れ落ち、苦しそうに両手で顔を覆った。

「大丈夫ですか? お巡りさん!!」

 トムは駆け寄り、しゃがんで警官の様子を伺う。小刻みに震えている手を見ながら、心配そうに声をかけた。

「とりあえず、そこのベンチに座りましょう!」

 トムは警官の足元に、もう一本の細長いストローを見つけた。

「またあったぞ⋯⋯。この辺りは綺麗に掃除されてしまったんじゃなかったのか?」

 警官をベンチに座らせ、トムは落ちていた懐中電灯を拾い上げた。そのまま足元を照らして見回し、ストローが他にも落ちていないか確認した。

「見当たらない⋯⋯たまたまだったのだろうか?」

「グッ!!」

「はっ! だ、大丈夫ですか?」

 警官の苦しむ姿を見てトムはベンチに戻り、彼の隣に座った。足元の水溜りにも、それらしいものは浮いていなかった。

「救急車を呼びましょうか? すごく顔色が悪いですよ?」

「いや⋯⋯大丈夫だ。突然めまいと吐き気がして、だが⋯⋯もう落ち着いてきた」

 警官の震えがおさまり始めたのを確認したトムは、先ほど拾った二本のストローを取り出して彼に見せながら言った。

「僕は今ここで、この細いストローを二つ見つけました。その辺りに⋯⋯もしかしたらまだ、草むらの中にでも落ちてるのかも知れません!」

「ストローだって? 何だ、やけに細いストローだな?」

「これは、僕が牛乳を飲む為のストローなんです。牛乳瓶に、口をつけたくないからって理由があって⋯⋯まあ、他の理由もありますけど⋯⋯」

「だとしても、それが君のものだとは限らないだろう? ストローなんて、どこにでもある」

「そうじゃなくて、ええと⋯⋯彼女が、レナが僕のために持ってたモノかも知れないんです! 僕は忘れっぽいから、予備としてこれを持ってたんだとすれば、このストローの後を追って彼女を⋯⋯」

 慌てたトムをなだめるべく、警官は彼の肩に触れてやさしい口調で言った。

「まあ落ち着け、トム君。捜索が始まってから今日で一週間が経つが、すでにこの辺りは調査済みだ。そもそもそのストローだって昨日か今日、他の誰かが落としたか、捨てたモノかも知れないだろ?」

「う⋯⋯それは、確かに⋯⋯」

「それにしても、なんでこんな細いストローで飲むんだ? これはマドラー用じゃないのか? まさか、カクテルでも飲んでいたのか?」

「違いますよ! 僕はお酒なんて」

「ははっ、冗談だ。⋯⋯ところで君は今、それを二本見つけたと言っていたが」

「え? あ、はい⋯⋯僕が見つけたのは、この二本だけですが」

「そうか、おかしいな。ひい、ふう、みい⋯⋯一本足りないみたいだ」

「足りないって、何の事です?」

「いや⋯⋯君のその二本を合わせても、『56本』しかない。おかしいだろ?」

「え⋯⋯!?」

 ただならぬ気配を感じたトムが手を引っ込めようとしたその瞬間、警官の大きな手が、彼の肩を掴んで強引に引き戻した。

「おにぎりは『全57種類』だ⋯⋯残りの一本は、彼女が持っているのかなぁ?」

 突然の警官の変貌ぶりと、この状況の異様さがトムの思考を停止させた。

「え? なんで⋯⋯? その会話はどこから⋯⋯!?」

 トムは、あの日のレナとの会話を思い出した。おにぎりの種類と、ストローの数の関連性など考える余裕もなく、彼はパニックに陥り呼吸が乱れた。

「『そうよ。全57種類を制覇するんだからぁ』⋯⋯かな?」

 豹変した警官は、レナが以前喋ったことをそのまま再現し、トムの反応を楽しむかのようにストローを一本、口に咥えた。

「あなたは⋯⋯誰です⋯⋯か!?」

 トムに迫る恐怖は、かつてうなされた夜に見た「目玉の悪夢」と重なって、彼の精神をゆっくりと侵食していった。


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