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小説『ワンダリングノート・ファンタジー』(6)芝生の上で

Chapter 6


 鳥たちのさえずりと、木々の葉がざわめく声に起こされたレナはゆっくりと目を開けた。

「⋯⋯う⋯⋯」

 寝返りを打ってみたが、いつものふかふかのベッドとは異なる硬さに違和感を覚えた。さらに、懐かしい草の香りが鼻をくすぐった。

「え⋯⋯ここは⋯⋯公園?」

 目の前に広がるのは、レナの見慣れた景色だった。子供の頃、よく晴れた日に家族とレジャーシートを引いて、おにぎりを食べていた公園の芝生だった。そして混乱したまま、辺りを見回した。

「あれ? 私、ここで何してるんだろう⋯⋯制服姿で、何でこんなところに寝ていたの?」

 レナは立ち上がりながら学生服についた草を払い落とし、脱げかけていたローファーを手早く履き直した。そして彼女の意思に反して、何かを求めるかのようにふらふらと前に進んだ。

「私⋯⋯どこへ向かってるの? 体が、足が勝手に動いてるみたい」

 馴染み深いはずの公園が何となく異質に感じられたが、その具体的な理由について、まだ理解できなかった。

「そう⋯⋯この先には、確か池がある⋯⋯」

 両側にベンチが並ぶ小道を通り抜けた先には、見晴らしの良い広々とした池が広がっていた。普段は美しい池が、今は荒れ果てた姿でレナを迎え入れた。

「おかしい⋯⋯ここはいつもの場所じゃないみたい。それに⋯⋯」

 池のそばで釣り竿を手にした男性が、レナの視界に飛び込んできた。無意識のうちに、彼女はその人物に近寄って声をかけた。

「あの⋯⋯ここで釣りをしてるんですか? ここの公園の池で釣りしてる人、初めて見たもので⋯⋯」

 男性が振り向き、穏やかな笑顔で答えた。

「釣り? そうか、君にはこれが『魚釣り』に見えたんだね?」

 スーツ姿の男性は、手にした釣り竿を持ち上げながら、親しげに笑った。

「違うんですか? じゃあ何をして⋯⋯」

 レナは以前、この公園で不審者が目撃されたという噂を思い出し、警戒を強めた。スーツ姿で池端に立ち、釣り竿を持つ男性の姿が何となく場違いであり、彼女の不安を一層煽った。

「実は、大切なものを落としてしまってね、それを探してるところなんだ」

 男性は少し戸惑いながらも言葉を続けた。

「君は見たところ⋯⋯高校生くらいのようだね。技術の進歩は目まぐるしく変わっていく。まだ、学生の君にはわからないかもね」

「はあ⋯⋯。それで、一体何を落としてしまったんです?」

 レナは不思議に思いながらも、男性の落ち着いた様子に警戒心を緩めて尋ねた。

「いや、自分にとっては本当につまらないものなんだ。僕のお爺さんが山で薪割りに使うって言うんで、それを届けに行く最中だったんだよ」

「それって、何ですか?」

 彼女の疑念は一旦脇に置かれ、好奇心が先立って質問を投げかけた。

「ただの古い『斧』さ。早く見つけて、届けてあげなくちゃね」


Huh? What am I doing here?


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