見出し画像

小説『ワンダリングノート・ファンタジー』(40)悲劇の渦へ

Chapter40


『さて、小僧。お前にいくつか質問するが』

 動きを封じられたトムの目の前にある巨大な鏡は、見上げれば見上げるほど無限に伸びていくかのような圧迫感で、彼の脳内を侵食し始めていた。その鏡に映された「学生服の姿をした別のトム」は、恐怖に慄く表情をしていた。

『お前は今、「池を守るフォーマルな釣り竿男性」としての姿だが⋯⋯その男の知り得る記憶をどこまで掴んでいる?』

 声を出すことができないトムは、自身の記憶イメージを事細かに頭に浮かべた。それは本来の肉体の持ち主である「釣り竿男性」のAI技術(芸術的幻影)を借用したものだった。

『お前はこの世界の秘密を知ってしまった。どうだ?』

 ダンの質問に焦ったトムは、身体中に電撃が走ったような痺れを感じ、同時に眼前の鏡から大きな音がして表面に亀裂が走った。

『正解か。お前の本質を映し出すこの鏡は嘘をつかない。その心に直接問いて真偽を図り、動揺し鏡に拒否されれば砕け散る』

 スーツ姿のトムがダンに襲われているのを見たレナは、大声で彼に呼びかけた。

「トム!! 自分を信じて!! ここは何でもありの世界なのよ!!」

『娘よ。このシーンにお前の出番はない』

 焼け付くようなダンの視線がレナの声を奪い、彼女は両手で喉元を押さえつつ喘ぎながら座り込んだ。

『次の質問だが、そうだな⋯⋯少し楽しむか。「現実世界」で絵本の番人のページをめくり、晴れてオーディションに合格したお前らはこの「絵本世界」に来て、訳もわからず途方に暮れていた。もっとも、招待したのはこの俺だがな』

 鏡は何の変化も見せず、ただトムの顔色を伺っていた。

『本当に俺の世界観に合っているか、直接合って確認はしているが⋯⋯希に小僧、お前のようなミステリアスなキャラクターに出会える。私のストーリーを彩る、レアなキャラだ』

 トムは理解の及ばない会話には耳を傾けず、自分の置かれた状況に優先順位を付け始めた。その最優先事項は「レナを守ること」に決定し、先ほど彼女が言った言葉を思い返した彼は、希望に満ちた温かい力を感じ取った。

『正体を見せろ。さもなくば、あの娘の命はない』

 唐突なダンの命令に、トムは何かを引き摺り出される感覚に陥った。頭の中には真っ白なスクリーンが浮かび上がり、それは無意識のうちに構築を始めた。出来上がったヴィジョンは彼にとって、最も思い出したくなかった「悲劇の映像」だった。


***


 鮮やかな緑が広がるこの池ほとりで、レナは膝を地面につけて泣き崩れていた。彼女の肩は小刻みに震え、頬を伝う涙が草の上に小さな雫を作り、例えようのない悲しみがそこに漂っていた。すぐ隣に立っていたトムは、彼女にそっと言葉をかけた。

「ゴメンね、レナ⋯⋯」

 一向に泣き止まないレナから、金色に輝く池の方へ視線を移すトムは、残念そうに呟いた。

「レナが大丈夫だったら、僕はそれでいいや。でも、もう砂のお城は作れなくなっちゃった。一緒に遊べないね?」

 トムの透明で小さな手が、風のようにレナの髪にかかる。


──きんいろのひかりが、レナを助けてくれたんだよ──


「はっ!?」

 驚いた声を上げ、レナは喉元から手を離した。まるで白昼夢から覚めたように、そのリアルさに彼女は何が現実なのかわからなくなっていた。

「う⋯⋯私は、この池でトムを⋯⋯助けられなかった⋯⋯??」

 記憶が交錯しているレナに反応するかのように、未だダンの能力よって身動きの取れないトムの目から涙がこぼれ落ちた。

「どうして、僕だけ⋯⋯助かってしまったのか⋯⋯。大人のいないあの池に誘ってしまった、僕の⋯⋯僕の⋯⋯」

『何だ? その涙は。俺の「セカンド・ミラー」には、お前の涙が映っていないぞ⋯⋯』

「僕はレナを⋯⋯守れなかった。溺れているレナを助けようとしたけど、あの金色の光は彼女ではなく、僕を助けてしまった⋯⋯!!」

 その時、地面が僅かに震え始め、異変に気づいたダンは周囲を見回した。

『地鳴りか? 何だこの音は⋯⋯どんどん大きくなるだと?』

 鏡がその躯体を支えるフレームごと激しく振動し始めた時、ダンはその中から予想だにしなかった「異形の存在」を感じ取った。


The golden light helped Lena!


第39話     第41話

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?