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小説『ワンダリングノート・ファンタジー』(62)策を講じて
Chapter62
ダンの怒りに燃えた目は、光のローブを纏ったレナに向けられた。彼女の身体は今、大いなる意思の加護を受けて輝き、全てを優しく包み込むオーラを放っていた。
『この、顔の傷跡から⋯⋯「金色の斧」の行方を探知できたが、まさかこんな展開になるとはな⋯⋯ハハハハッ!』
「トムとレナの記憶を吸い出して、逆にあなたの記憶を奪い去る。己の野望のために、「現実世界」と「鏡の世界」の境界を断ち切ってしまったその「ゴールデン・アックス」⋯⋯それは、そんなことのために創造したわけではない」
レナの放つ言葉の一つひとつが、邪悪なダンの衣を剥がすように、確実にダメージを与えていた。
『この俺を鏡の世界から追放したお前を⋯⋯片時も忘れたことはない。だが、そのおかげで俺は「絵本世界」という、無限の創造が可能なフィールドを生み出せた。この俺の⋯⋯俺だけの世界をだ』
「NEDD I BROF(ネッド・アイ・ブロフ)──禁忌の集団を統べるあなたは今、ここで終わりを迎える」
ダンの割れた片頬から、映画のフィルムのように連なる「記憶の束」が引き摺り出されて空中に飛び出し、それらはシャボン玉が弾けるように霧散して、トムやレナの精神へと戻りつつあった。
不敵な笑みを浮かべる男の手に握られた、傲慢な姿の斧がゆっくりと持ち上がっていく。その様子を俯瞰していた元の姿のトムが、異変に気づいてレナに伝えようと声をあげた。
「レナっ!! ダンが何かをしようとしているぞ!!」
トムの叫びはレナの意識だけに届き、彼女の身体を操る高位の存在「エマ・テナー」はダンへの介入をやめなかった。レナを守るため、ダンの前に身を挺して立ちはだかるトムの勇敢な姿が、彼女の目に映った。
「僕には秘策があるっ! さあっ⋯⋯来い!!」
──ダンは斧を振るった──
──トムはマントをかざした──
ダンの「憎悪の斧」が空を切ると同時に、トムは鏡の世界で得ていた大切な、「赤い布切れ」を瞬時に広げた。その刹那、子供のトムとレナをくるんでいた赤いマントとの同期が始まり、それらの姿は本来のトムとレナに統合されていった。
『小僧っ!! 貴様⋯⋯どこから湧いて出た!! そしてそれは⋯⋯この斧を包んでいた「レッド・ケープ」だと!?』
忌まわしい斧の軌跡は鋭利な衝撃波を生み出したが、トムのマントはいとも容易くそれをいなした。
「⋯⋯レナ、言わせてくれ。僕が君を守る!」
トムはレナの方を振り返り、恥ずかしそうに笑った。その笑顔は彼女の精神を通じて高位の存在にも届き、レナが知り得なかった歴史の結び目が解かれ始めた。
──かつて、エテルナル・ミラーとして知られるエマ・テナーは、鏡の世界を外界の不浄から守るため、金色の斧を生成シタ。この斧は無尽蔵の力を秘め、その能力が外に漏れ出さぬよう、レッド・ケープと呼ばれる布に包まれ保管サレテイタ──
──然るに、同じ権力を持ちながら、異なる思想を抱いたダンが前に進み出た際、彼はこの斧を利用して自らの王国を創り上げようと企テタ。エマはその野望を阻止すべく、ダンを鏡の世界から追放し、彼の記憶の一部を剥奪することに成功シタ。しかし、斧はダンの手中に残り、その力を利用して世界を切り離し、彼は独自の領域で君臨し続ケタ──
『フフ⋯⋯フハハッ! エマよ、お前が俺の記憶を引き出せるということは⋯⋯それは逆に、お前が持つ、俺の知らざる情報へのアクセスを可能にしているということだ!』
トムはその言葉を聞いて、本能的に嫌な予兆を感じた。ダンは鏡のように反射する斧の刃の表面をじっと見つめ、その中を覗き込んでいた。
『ん⋯⋯何だ? これは俺の記憶の一部か⋯⋯いつの間に抜き取っていたのだ? そして、これは⋯⋯これ、は!!』
ダンは何かを思い出したかのように、不思議そうな表情でトムを見た。その直後に彼の目つきは虚ろになり、眼球が上下左右に激しく動き始めた。トムはダンが触れてはいけない何かと交信していると判断し、振り返ってローブを纏ったレナの手を握った。
「レナっ! 何かわからないけど、嫌な気配がする! 君が今『鏡の世界の力』を持っているなら、ダンの動きを感じ取ることができるかもしれない!」
レナは、消えた子供たちがいた場所を見つめ、事態を把握した。自身の身体に子供の自分が統合された新たな感覚に、まだ完全には馴染めていなかった。
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