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小説『ワンダリングノート・ファンタジー』(57)自分を見つめて

Chapter57


「レナ、君はそこで一体⋯⋯何をしているんだ⋯⋯?? 僕がせっかく、事象を改変するための準備をしてるっていうのに⋯⋯!?」

 トムは奇妙な光景を目の当たりにした。エテルナル・ミラーには、セーラー服姿のレナが、子供のトム自身と一緒に映っている。二人は池の方を見つめ、何かを待っているように見えた。

「落ち着いて、トム・ホーソーン。 この映像⋯⋯ヴィジョンは、あなたの期待が創り出したもの。記憶を思い出す過程で、その欠片がこの鏡へとリンクされただけに過ぎない」

「じゃあこれは⋯⋯僕の想像の世界ってこと?」

「あなたのイメージは、『Mill』と呼ばれる高度の技術を利用して生み出されている。今は思い出せないかもしれないが、それが本来の、あなたの能力」

「Mill? ミルって何だ?」

「Memory Illusion(記憶的幻影)の略称⋯⋯エテルナル・ミラーの加護を受けた、鏡の技術の粋を集めたもの」

 トムは古書の空白ページを思い浮かべた。それは何でも描けるキャンバスのようで、自由な発想で物語を創り出せるエリアだった。その媒体がいつでも持ち運べるものなら、それはまさに「万能の能力」に他ならない。

「これを借りていくよ! 僕はその場所へ行って、悲劇の結果を変えるんだ!」

 空間に漂う古書の一冊を無造作に手に取ったトムは、エテルナル・ミラーに映されたヴィジョンの中へと果敢に飛び込んだ。

「それが今のあなたの、最優先事項なのね? 頑張って⋯⋯トム!」

 黒装束のレナは、トムのまだ不完全な記憶の補填を理解しつつも、彼ならば必ずやり遂げるだろうと強く信じていた。

「僕の想像する世界を⋯⋯現実に変える! 何が起ころうと、同じ過ちは繰り返さない!!」

 古書を片手にトムが泳ぐ鏡の波は、彼を「想像の世界」の入口へと導いた。幾多の世界を渡り歩き、補完された記憶を持つ「頼れる学生トム」は、ついにレナたちがいる池のほとりに辿り着いた。鏡の波間を抜け、芝生の生えた地面を力強く踏みしめながら、トムは彼女に向かって大声で叫んだ。

「レナっ! あとは僕に任せてくれ! 君はそのまま、何もしなくて大丈夫だから!」

 トムは二人に駆け寄り、自身の子供時代の姿をまじまじと見つめた。牛柄のTシャツに赤いズボンを身に着け、成長途中のその容姿に、彼の表情は不意に妙な懐かしさで綻んだ。

「お姉ちゃん、レナはどこにもいないね? やっぱりこの世界じゃなかったのかな? それとも、もう遅かったとか⋯⋯」

「諦めちゃダメよ、トム! あなたの探している私⋯⋯レナちゃんは、この池のあたりに必ずいるわ。前に一度、私はその子供の自分と出会ったの。その時と同じような⋯⋯上手く表現できないけど、すぐ側にいる気配を感じるのよ」

 この二人の会話は、まるで今この場に到着したトムの存在に気づいていないようであり、彼はレナの肩に手を置こうとした。その瞬間、トムの手は彼女の体をすり抜けてしまった。

「え? 何だこれは⋯⋯? まるでただの映像のような、実体がないみたいだぞ!?」

 トムはもう一度、幼少期の自分の頭を撫でようと試みたが、またしても彼の手は栗色の髪の毛一本にすら、触れることはできなかった。トムは自分の声も、目の前の二人に届いていないと感じた。

「僕の『想像の世界』では、対象物に直接干渉することができないみたいだ。いや⋯⋯それとも何か、見落としていることがあるのかもしれない」

 トムは鏡の世界から持ち出した古書の空白ページをめくり、何か手掛かりがないかと目を凝らした。すると、読み取れないほどの薄い文字が浮かび上がり、彼はそれを指でなぞった。

「何て書いてあるのか⋯⋯これは読めないぞ? でも、僕の行動は間違っていないはずだ。この不確定な想像の世界で、やるべき事が必ずある!」

 トムの信念が通じたのか、薄かった文字がはっきりとページに現れ、彼はそれを口にした。

「"Look within yourself and believe."⋯⋯『自分を見つめ、信じよ』って⋯⋯よ、読めるぞ? 英語嫌いの、この僕が⋯⋯スラスラと読めるっ!」

 一歩ずつ、間違いなく正しい方向に進んでいると確信したトムは二人に向き直り、その様子を見守った。

「レナ、君が僕を励ましてくれた言葉⋯⋯『疑わずに信じる』だよね?」

 次に起こる「未知のイベント」への準備を整えつつ、トムは慣れ親しんだ学生服の襟をきちんと整えた。小説家になりきって日々を過ごす、その制服姿が今も彼の日常の一部であり、たとえどんな不測の事態が訪れても、それに対処できるという確固たる自信を持っていた。


I'm taking this! I'm going to that place to change the tragic outcome!


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