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小説『ワンダリングノート・ファンタジー』(33)疑念を捨てて

Chapter33


「ごぼごばぼごっ⋯⋯!!」

「トムってば!! 何? 何してるのよっ!?」

 突然もがき苦しむトムを目の当たりにしたレナは、彼の不可解な溺れ方と、池の上に浮かんでいる白いおにぎりのぬいぐるみも相まって、戸惑いパニックに陥った。

「こんな⋯⋯訳の分からない現象ばかりが続くなんて⋯⋯私にどうしろっていうの!? 一体この世界は何なのよ!!」

 「何なの?」と自分が言ったその言葉に、皮肉にもレナは「何か」を見つけた。この絵本世界での考え方すら、彼女が以前持っていた常識とは異なる必要があると気づいた。この場所では、「疑わずに信じる」ことだけが求められているのだと理解した。

「まさか⋯⋯それすら『全て受け入れろ』って事なのね? そうよ、陸地でトムが溺れるなんてあり得ないわ! トムは大丈夫だって、まずは信じること! そして今優先すべきは、突然消えてしまったあの子供の私自身!!」

 レナは直感で、何を優先すべきか分かった気がした。そして次の瞬間、その感覚は確信に変わった。

「がぼっ・・・!!」

 苦しむトムが精一杯のサインを送っていた。彼は池の方を指差し、何かを訴えているようだった。レナはその方向を見るや否や、一瞬も迷うことなく走り出した。

「やっぱり! あの子溺れているっ!!」

 池の水面で少女が浮き沈みを繰り返していた。レナは強い意志を持ってその状況に応じた心構えで、その子を絶対に助けると誓った。

「そうよ、必ず間に合う! きっと手が届く!!」

 ふと、レナの視界が暗くなり、自身が沈んでゆく感覚に包まれた。ゆっくりと深い闇の底へ導かれるように、彼女は吸い込まれる足元を見下ろした。

「がぼがぼっ!!」

 水泡が口から溢れ出る。溺れゆく少女の意識に入ってしまったのだと、レナは理解した。先ほどの体験を覚えていたおかげで、この大変な事態にもかかわらず何とか乗り切れるだろうと楽観視した。そしてその通りに、水中でありながら彼女は息をすることができた。

「やっぱり⋯⋯疑わずにいれば、どうにでもなるんだわ! そして今、私の精神はこの少女の中にいる!」

 どんどん沈んでいく体に危機感を抱かず、彼女は冷静に暗い池の水底を見つめ続けた。耳鳴りがキーンと響き強まる一方で、その音は次第に言葉へと変化していった。電波の悪いラジオのような雑音が混じった会話が、断続的に彼女の耳に届いた。

『⋯⋯あ、はい。確かに見つけました。しかし、それは私が探していたモノではなかったので。⋯⋯え? 彼女ですか? 分かりませんが、突然気を失ってしまったようです』

「誰かしら? どこかで聞いたことのあるような⋯⋯」

 水中にいながらも、レナはその言葉をはっきりと聞き取ることができた。
そして、その「聞き覚えのある声」は続けた。

『ともかく、釣り上げた斧はまた、池の中に沈めてありますので』


Who could it be? That voice sounds familiar somehow...


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