見出し画像

小説『ワンダリングノート・ファンタジー』(32)君は君で

Chapter32


「私が、いなくなった⋯⋯?」

 レナの見ていた映像は陽炎のように消え、再び怪しいトムの姿が焦点に合った。

「でも大丈夫。今ここで、君を見つけたからね?」

 トムの偽物は一瞬、安堵の表情を浮かべ、地面に転がった白い運動靴をチラリと見た。

「いつでも、僕の目の届くところにあれば、安心なんだ。この身から離れても、そこに行けばいいだけ。また、僕のところに、戻ってくる」

 レナは思った。彼の言葉は支離滅裂だが、そこには明かされない悲しみが伝わってくる。それは、いつもそばで彼の時折見せる悲しげな表情を通じて得た洞察だった。レナはゆっくりと、迷えるトムを諭すように言葉を紡いだ。

「あなたが嘘をついていないっていうのは、何となくだけど⋯⋯わかる。だけどあなたが探してるのは、私じゃないと思う。どこか違う世界の、どこかの私⋯⋯」

「レナ、それは僕もわかってるんだ。忘れられない過去があるからこそ、その記憶を頼りに、こうやってここまで来たんだ。例え年齢が離れていたとしても、僕は僕だし、君は君だ」

「でも、それはあなたの視点でしょ? 年の離れたあなたを私の知ってるトムと同じに見ろって言われても、それは無理があるわ。それとも、私を納得させられるだけの何かを⋯⋯あなたは持ってるの?」

 意外にもまともな会話が成立していることに気づき、レナは彼がやはりトム本人であることに間違いないと実感した。彼が言いたいこと、聞いてほしいことが手に取るようにわかる。釣り竿の男性が残してくれたメモ「疑わずに信じる」の言葉が、今この瞬間に改めて重要であることを思い出させた。

「確かに、君の言うとおりかもしれないね。君のその口調⋯⋯懐かしくて、涙が出そうだよ。優先順位を守れないほどに、僕は⋯⋯」

 その時、水しぶきが跳ねるような音が聞こえた。レナはハッとして後ろを振り返り、手を繋いでいたはずの少女が消えていることに混乱した。池の水面には、少女が抱えていた白いぬいぐるみだけが静かに浮かんでいた。

「えっ!? あの子がいない!? まさか⋯⋯??」

「ゔっ⋯⋯!! ごぼごばぼごっ⋯⋯!!」

 今度はトムの方から奇妙な呻き声が聞こえてきた。彼は突然、息苦しそうに両手を空に上げて、何かをつかむように必死にもがいていた。次の瞬間、彼の口から大量の水がどっと溢れ出た。

「えっ! トム? どうしたの!?」

 レナはためらいもなくトムのもとへと駆け寄った。彼の様子はまるで、水中で息をすることができない人のようで、陸地で、間違いなく「溺れかけて」いた。


But I'm okay. I've found you here now, right?


第31話     第33話

この記事が参加している募集

#創作大賞2024

書いてみる

締切:

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?