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小説『ワンダリングノート・ファンタジー』(64)諦めないで
Chapter64
「お姉ちゃんと出会ったあの『狭間の世界』に、僕は長く居すぎたみたい。さようなら⋯⋯お姉ちゃん!」
「ダメだよっ!! 諦めないで⋯⋯トムっ!!」
トムの存在を押し潰すような暗黒の斧を見つめながら、呆然と立ち尽くすレナに届く声があった。それが幻聴であってほしいと願いつつも、彼女は信じる気持ちがひどく揺らいでしまった。
『このフィールドは小僧の幻影⋯⋯いや、シャドーの片鱗か? 見事な空間処理だ。この俺の能力が制限されてしまっている』
ダンはこじ開けた空間に映る、「鏡の世界」を覗きながら独り言のように呟いた。足元に倒れているトムをちらっと見た後、視線はレナへと移った。
『エマよ⋯⋯今からお前の世界に行き、くだらん因縁に決着をつけよう。この「金色の斧」が並行世界の壁を破り、俺が再びそこへ足を踏み入れることを可能にしたのだ。まあ、今は「漆黒の斧」へと変わってはいるが』
──レナ! それは僕じゃない! ダンの生成した幻影(AI)だ!──
全てを諦めかけていたレナの頭の中に、必死に告げる声が響いた。彼女の希望は再び膨らみ始め、破れかけた光のローブをその手に取った。
「私は⋯⋯レナ・テノールは、何が何でも信じ抜く。ダン⋯⋯あなたは「鏡の世界」へは決して行けないわ!」
『娘⋯⋯お前の精神力は本当に素晴らしい。称賛は後にして⋯⋯このトム、いや「シャドー・トム」はこれから俺の手によって生まれ変わる。今まさにこの「斧」が小僧と、その影を分離している最中だ』
「分離⋯⋯生まれ変わる?」
『レナよ、お前にだけは教えてやろう。「現実世界」で過ごしていたお前らは、並行世界⋯⋯つまり「鏡の世界」においても同じく存在している』
「鏡の世界にも、別の私たちがいるって事⋯⋯ね?」
『そうだ。そしてお前は「エマ」によって生成され、その守護者としての役目を持つ者だ。では、この小僧を生み出したのは一体誰だろうな?』
「⋯⋯ダン、あなたが生成したのが、トムだった⋯⋯と言いたいの?」
『その通りだ。俺はあの鏡⋯⋯エマに対抗するため、トムという器に瘴気を注ぎ続けた。しかしながら、ヤツは俺の計画を察知し、この小僧に仕掛けを施し「ふたつの存在」に分離させたのだ。俺に仕える影のトムと、俺に楯突く光のトム。エマの策略で、俺の組織は内部反乱によって崩壊した』
「どうしてそんなことを、私に教えるの?」
『お前を娶ることに決めたからだ。このトムの身体がめでたく分離され、エマの姑息な呪縛から放たれた真の「シャドー・トム」さえいれば、俺は全能の力を手に入れられるのだ。そしてレナよ⋯⋯お前はその全ての中心にいる』
あまりの身勝手さと妄想に辟易しながらも、レナは「これが最後のチャンスかもしれない」と受け止めた。彼女はダンの自己陶酔にうまく応えるため、彼のお墨付きの演技力を活かして従順な態度を示すことに決めた。
「そう⋯⋯それは、素晴らしいプランですね」
レナはダンの目を見つめながら、ゆっくりと近づいて行きその距離を詰めた。彼女を包んでいた光のローブは輝きを失い始め、エマとの交信もすでに断たれてしまっている。それでもレナは孤立感を拭い去り、自分を信じた。
『ほう、ついに俺の魅力に気づいたか⋯⋯もっと側へこい。安心しろ、お前は特別だ。オンリーワンだ。その輝きをもっと、この世の何よりも明るくして見せよう』
──君が今そこにいる世界は、君にとっては真実だけど、僕にとっては、想像の世界でしかない──
紙切れに書かれてあったその言葉を思い出し、レナは断固として言った。
「私は、大切な人から二枚のメモ書きを受け取りました。これがあったから私はこうして今、ここにいます。疑わずに信じること⋯⋯それが私にとっての真実です」
『ん? 何を言っている?』
レナの右手は絶望の斧に届き、静かにその柄を握り締めた。掌から光がほとばしり、馴染みのある感触が彼女の全身に共鳴した。そしてそのまま、ためらう事なくトムの背中から斧を引き抜いて一気に振り上げた。
『お前は⋯⋯何をしているのだ??』
レナの、あまりにも自然な振る舞いにダンは呆然とした。まして、彼女の細い片腕でその傲慢な斧を持ち上げることなど、彼は予想だにしていなかった。
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