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小説『ワンダリングノート・ファンタジー』(69)君にふれて
Chapter69
「それで⋯⋯ダンは、大人のレナのいる場所へとやって来たんだね? 僕の記憶では、君が『金色の斧』を池から拾い上げて、それを持って逃げていたはずなんだけどな。別のパラレルへと事象が変わってしまったのか」
「私があの男に投げた斧⋯⋯また池の中に沈んでしまったわ。ちゃんと『鏡の世界』へ、それを戻してあげないといけないんでしょ?」
ダンの演技について、レナはまだ疑問が残っていた。あの場所でわざと緊迫した状況を演出し、彼女に斧を振るわせ「ゴールデン・アックス」を池に戻させるための策略。それに加え、彼の不気味なアプローチへの嫌悪感が心をかき乱していたが、彼女は思考を切り替え、もう一つ気になっていることをトムに尋ねた。
「あのね、トム。その⋯⋯「結婚式」って話が出たけど⋯⋯私たちって、そういう感じに⋯⋯なるのかな?」
「ん? ああ、そうだよ。僕と君は結ばれるんだ。さっきも言ったけど、あの池での因縁は君が断ち切ってくれた。僕らが溺れたことや、君がダンに襲われたことも、みんな消え去った事実として上書きされたんだ。僕が望んだ、理想のページにね」
「な、何よ⋯⋯急に大人っぽくなっちゃって! まるで何でも知ってるって感じ? ずるいよ、一人だけいろんな世界を巡って⋯⋯」
「そうだね⋯⋯僕は自分のことよりも、君を助ける世界を探してきた。でもそれは間違っていて、自己犠牲だけでは駄目なんだって⋯⋯君が教えてくれたんだよね?」
「え? 私、何か言ったっけ?」
「鏡の書庫で『私も、あなたの助かる現実をずっと探し続けて、ようやく今ここに辿り着いた』って言ったじゃないか? そしてその後キスをして」
「あー! あれはその⋯⋯私じゃないわ! 何かほら、別の人格? この世界へ来てから、どうもおかしいのよね? 自分じゃないみたいっていうか、誰かが降臨したっていうか?」
「へえ〜? 君は一体、どこまで記憶があるのかな? 都合よく忘れてもらっちゃ困るんだけど」
「う、うるさいばかトム! また靴を脱がせてひっくり返すわよ? あ、もうこの世界じゃ、その能力は使えないのよね」
「あははは、冗談だよ冗談。さて、そろそろ戻ろうか⋯⋯元の世界へ」
ブランコをゆっくりと降りるトムの姿が、レナにはどこか儚げに見えた。そんな彼の背中を、からかいながら叩こうとした。
「自分だけ納得してそのまま帰ろうなんて、そうはいかないわよ──」
レナの手はトムの身体に触れることができず、まるで水面を撫でているように彼の存在がそこから滑り落ちていった。
「え?」
「え? ああ⋯⋯そうだ。この姿のままじゃ、まだ帰れないよな? さて、どうするか⋯⋯君も一緒に考えてくれないかな?」
「な、何ですり抜けるのよ!? それもトムの能力なの? まるでオバケみたい!」
「ダンとの争いで、僕は背中にあの斧を受けた時に⋯⋯自分の身体が二つに分かれてしまったみたいなんだ。うまく言えないけど、魂が抜けた⋯⋯みたいな?」
「みたいな? って⋯⋯そんな軽く言われても困るわよ! やっぱりトムだわ。そういう所は変わらないんだから」
──でも、僕からは触れられるんだ──
レナは頬に温もりを感じた。彼女を優しく見つめるトムの姿は透き通ってしまっていた。
「うそ⋯⋯冗談はやめてよ⋯⋯何よその姿? 消えかかってるじゃない!」
「そうなんだ、だんだんと意識が⋯⋯薄れていくような感じ。これはまずいかもしれない」
陽炎のようなトムの顔がレナへと近づき、その意味深な雰囲気に彼女は戸惑った。
「な、何がまずいのよ? ちょっと⋯⋯?」
トムはレナの唇に、ほのかに触れる揺らぎを残した。彼女は静かに目を閉じ、そこから感じとれる彼の想いを受け取った。
「⋯⋯そして彼女は、愛するトムと一緒に元の世界へと帰ることができました。終わり⋯⋯ぷっ」
「え⋯⋯? ちょっとトム⋯⋯普通にあなたの身体に触れるわよ?」
「えっ? あっ、ホントだー! やった、治ったぞ! これがキスの魔法かー!」
「あなたって⋯⋯はあ、これもサプライズだって言いたいのね? ふーん、よくわかったわよ」
「ご⋯⋯ゴメンなさい! 冗談が過ぎた⋯⋯よね?」
「はだしのトム! バナナで滑ってずっとお休み!」
「え? うわっ!? 勝手に靴が、脱がされてっ──」
トムは勢いよく転んだ。
「あら? 私が「絵本世界」で身につけたこの能力が、まだ残ってたわー? なくなっちゃったと思ってたのにー?」
「き、君のその棒読みの演技⋯⋯それじゃオファーは来ない。うん、絶対来ない」
二人は笑い始めた。長い間続いた緊張と困難を乗り越えた解放感が、涙交じりの笑顔を呼び起こし、彼らの心を満たした。その笑い声は久しぶりに、心からの安堵と喜びを感じさせるものだった。
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