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対話力を支えるもの ~定義について~

この記事を書いた人
松下信武(まつした のぶたけ)
SBIビジネス・イノベーター株式会社 「わたし・みらい・創造センター(企業教育総合研究所)」上席研究員。エグゼクティブ・コーチ。バンクーバー、ソチオリンピックに日本電産サンキョー・スケート部のメンタルコーチとして参加。2022年北京オリンピックでは日本電産サンキョー・スケート部の北京オリンピック候補選手を支援。

対話という選択肢があったなら

ウクライナの悲惨な戦争が連日、様々なメディアを通して伝えられます。その映像を観て、1日も早く平和になってほしいと願っています。そして、戦争よりも対話のほうが、はるかに望ましいことだと、私は実感しています。

戦車やミサイルで攻撃するのではなく、プーチン大統領が、対話という選択肢を選んでくれていたら、何百万という人達の人生を破壊せずに済んだでしょう。


「共有する」は「同じ意見を持つ」ではない

ビジネスの現場でも同じです。ビジネス現場では、考え方も価値観も違う、様々な人が働いています。

考え方や価値観が違えば、意見の対立や、人間関係の葛藤が生まれます。意見が違うからといって喧嘩をしていたら、仕事を進めることもできませんし、チームワークも壊れます。喧嘩よりも対話のほうが建設的です。

対話をしても、意見が一致することは稀でしょう。対話を含め、コミュニケーション全般で、情報を共有するとか、問題を共有することが大事だとされています。これまでの対話の研究から言えることは、「共有する」=「同じ意見を持つ」ではないということです。


「共有」は違う意見を理解すること

人間は、同じ情報に接しても、同じ意見を持つことはないと、私は考えています。

たとえば、ウクライナからの映像を観て、ある人はロシア寄りの、ある人はウクライナ寄りの観方をするでしょう。観方が違っても、相手の違う意見を理解することが「共有すること」だと、私は考えています。

対話は説得でもなく、交渉でもありません。深いレベルでの相互理解のためのコミュニケーション方法の一つです。

「相互理解して、そのあと、どうするのか?」と疑問が生まれます。対話のあと、説得や交渉というコミュニケーション方法がとられます。しかし、問題解決が難しいケースだと、説得や交渉も難航します。そのうちタイムリミットが到来します。

そうなったときは、国と国とのコミュニケーションと違い、ビジネスにはとても便利な仕組みがあります。社内の問題であれば、上司が意思決定をすればよく、社外の問題であれば、顧客の安全を担保したうえで、顧客が意思決定をすればよいのです。

十分な対話をしない、即ち、相互理解が不足したまま意思決定してしまうと、しこりが残り、後日、大きな問題に発展するリスクが残ります。対話によって、お互いの意見の違いを理解しておけば、しこりが残るリスクはかなり減ります。


相手の話す言葉を理解しているか

 対話をすれば、必ず、相互理解ができるかといえば、そう簡単に相互理解ができないというのが、対話研究から見えてきます。

対話をし、相手の考え方や価値観を理解しようとすれば、相手の言葉を理解できることが、前提条件になります。相手の言葉を理解するためには、言葉の定義を明確にする必要があります

私は仕事上、様々な企業での会議に出席しますが、言葉の定義が不明確なまま、つまり、相手の話す言葉を理解しないまま、話し合いがおこなわれる場にしばしば居合わせます。そういう状態で対話をしても、対話は上滑りに終わります。


理解してもらえる言葉で話しているか

会議で、ある人が「グローバルに行っているアジャイルなディープテックのオープンイノベーションについて提案したい」と言ったとします。

実は、この発言内容は、ある優秀な論文の一節を少し変えたものです。論文であれば、このような表現でもオーケーです。なぜならば、論文を読もうとするのは、その道の専門家が多いでしょうから、使われている用語を理解しているでしょう。また読者が理解できないときでも、難解な言葉を、専門書やインターネットで調べることができます。

しかし、会議で上記のような発言があれば、かなりの出席者は理解が難しいと思います。悪いことに、そのような発言に対して、「ディープテックにアジャイルはないんじゃないの」などと言い出す人(私の個人的な偏見ですが、知ったかぶりをしている人が多いと思っています)が現れると、会議は絶望的な状況に陥ります。

理解できない人は、本来であれば、「アジャイルって何ですか」と質問すればよいのですが、社長や上位上司のいる席で、そのような質問をすると、勉強不足と思われることがこわくって、わかったふりをすることになります。または、会議の進行を妨げてはいけないと思って、沈黙を決めこみます。


「大きな言葉」を使うときの配慮

 アジャイルやディープテックのような、様々なコンセプトから成り立っている言葉を「大きな言葉」と私は呼んでいます。大きな言葉を話す時、その言葉をわかりやすい定義を添えて話すことは、対話のマナーの一つです。

ビジネスの対話において、大きな言葉を連発することで、自分の専門知識や知性の高さを示そうとする多数のビジネスパーソンに出会ってきました。そういう人に対しては、恥ずかしがらず、積極的に質問をしたほうがよいと思います。

また、「ディープテック」という言葉を知っていても、相互の理解を深めるために、「ディープテックというのは、商業化までに、長期にわたる研究開発と多額の資金を必要とする、しかも注目を浴びにくい技術のことを理解しています。まずその理解でよろしいですか。もしその理解が正しいとすれば、ディープテックの研究開発と、基礎研究との違いは何ですか?」という確認と新たな質問をすることで、ディープテックの理解が深まるでしょう。


対話で「仲間内言葉」は使わない

 定義の問題から少し離れますが、言葉の分かりにくさという点で、「仲間内言葉」というのがあります。特定の仲間しか通用しない言葉です。

世間でよく知られているものとして「符牒」があります。寿司屋などで、今も使われているのが。「ムラサキ」や「オアイソ」が代表例です。

私が学生時代、日本橋三越でアルバイトをしたことがあります。そのとき、お客様の前で「トイレに行く」という言葉を使わず、「遠方に行く」という言葉を使うように指導されました。

現代の日本企業で、符牒的な言葉は使われなくなっていると思いますが、そのかわり、やたらとアルファベットによる略号が増えました。CEO、CHRO、CROなどの役職の略号は、世間でもよく知られるようになり、「仲間内言葉」ではありませんが、組織名の略号は、その会社でしか使われない言葉が多いです。また、ある特定の部署でしか使われない言葉もあります。

対話の場では「仲間内言葉」を使わない習慣を身に着けていただきたいです。相手が仲間内であれば理解できますが、常に相手が仲間内とは限りません。日ごろから「仲間内言葉」を使わない習慣を身に着けておかないでうっかり「仲間内言葉」を使ってしまうと、対話の効果が減少するリスクに直面することになります。


河合隼雄先生の話し方

私は聴講生として、河合隼雄先生の講義を一年間、聴く幸運に恵まれました。今、その講義を振り返ったとき、河合先生は、「大きな言葉」を実にわかりやすい言葉で説明をされていました。

卓越した対話者であった河合隼雄先生は、定義の大切さを、体現されていたと思います。また、臨床心理学の専門用語を使用するときも、その言葉の由来や、具体的な事例をあげて、わかりやすく話されました。

たとえば、臨床心理学の「臨床」という言葉を、「『床』とはベッドのこと。人間にとってベッドは重要な場です。誕生の場、セックスの場、そして死ぬときの場は、たいていはベッドですね。したがってベッドに臨むことは、人間にとって重大なことなのです」という説明をされたことを、今でも鮮明に覚えています。

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