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このお話は完全なるフィクションです。

 中野良太は焼き肉屋のこどもであった。こどもといってももう高校三年生だった。そのころ、石田奏子は中野良太を知らなかった。石田奏子は、中野良太とは、同じ地区にあるが違う高校に通っていたのである。
 ところが二人は、高校を卒業した後、共通の友人aを介して出会った。ともにお互いの高校や住まいや共通の友人や今の仕事や兄弟姉妹の有無くらいまでは、普通にしゃべった。お互い特段の興味を抱いたわけではなかったが、その興味の度合いとまさに同じ程度に、お互い同じようなやや退屈な毎日を送っていた。中野良太は自宅焼き肉屋の手伝いをしていた。石田奏子は予備校の講師をしていた。それ以外の時間と言えば、中野良太はパチンコかアダルトビデオ鑑賞、石田奏子は授業の準備か飲酒、それくらいしか、やることがなかった。
 ある日二人は、二人を特別の意味もなくただたまたまに引き合わせただけであった共通の友人aと、そのほか数人の知り合いとともに、再び酒を飲んだ。そのあと、石田奏子は、弱弱しい興味から、中野良太の焼き肉屋兼自宅へ行き、中野良太の部屋で性行為をした。しかし、性行為の前も、そしてそのあとも、石田奏子は中野良太との会話が、すこしも面白くないと感じていた。中野良太はパチンコの話ばかりしていた。何とかっていう台、知ってる?などと聞くのである。しかし、石田奏子はパチンコなど今日までいちどもやったことがないし、なんなら三代さかのぼっても、パチンコをやる人間がいない家庭で育っていた。
 たった一度性行為をして、その後何度かメールをやりとりしたものの、やはり会話のラリーは続かず、しかしながら、自分が、あちらから拒絶されることに対しすこし癪であると感じた石田奏子は、「気が向いたらで。会いましょう。よろしくどうぞ」とメールをして、終わりにしようと考えた。そのメールを送ると、返信はなく、それきりとなった。それから20年がたった。今でも、高校時代の友人に聞けば、中野良太がなにをしているかを石田奏子は知ることができる。焼肉”なかの”、の前を通れば、店の奥で肉を切る中野良太を見ることができる。

 いっぽう、それから20年がたったいま、当時には想像もできなかった時代が到来した。ひとびとはSNSを駆使し、コミュニケーションを活発に行う。
 T男がH子に、仲良くしてください、とメッセージを送ったのは、いまからもう2年近く前であった。H子はSNSで、個人的に誰かとメッセージを送りあうという感覚にあまりなじみがなかった。H子はただ、好きなことを投稿していただけだったのである。誰かと知り合いたいとか、そういうことは全く考えておらず、だから、挨拶を返す程度であったが、ある程度定期的に、T男はH子にメッセージを送ってきた。
 ある時期、H子は、人間関係で落ち込んだ。男に振られたのである。悲しくて悲しくて、H子は毎日、その悲しさや悔しさや愚痴を、SNSに投稿した。まわりのユーザーたちが引いていたのはH子にもわかっていたのだけれど、止めることができずにいた。そんなある日の夜に、一か月振りくらいであったか、T男から「最近の投稿すごく良いです。励まされる」とメッセージが来たのである。H子は心底驚いた。なぜなのか、こんな罵詈雑言のような言葉を日々抑えられずにインターネットに流してしまう自分に、すごくよい、とはいったいどういうことなのか。不思議に思いH子が尋ねると、T男はH子の、「言葉と言うか正確には文が好きだ」と言い「ちょっとH子さんを信じてるところあるんです」と返信してきたのだった。日々、どこにも抜け道がなくどこにも出口がないような気持にさいなまれていたH子は、とても驚きながら、救われてゆく自分を感じた。そんな風に思ってくれる人も存在するのかと、ありがたかった。そんなH男の投稿を見ると、踊りながら仕事する、などと言っていて、おかしかった。
 日々は過ぎ、H子は少しずつ元気になっていった。ほかのひととのかかわりも通して、次第に自分を取り戻した。そのころ、T男とも非常に自然なやりとりが、常にではないが、週に一、二度、ひとことふたこと、続いていて、それはとても短い言葉であるものの、いちど、信じているところある、というようなことを言われて、安心していたH子は、T男を信用していた。誘われて会い、一緒に酒を飲んだ。そこでH子ははじめて、T男の業種を知った。
 二人は、様々な話をしたが、名前や、住んでいる場所や、勤め先や、もちろん出身校も出身大学も互いに言わなかった。しかしそのあともSNSでの他愛もないやりとりはつづき、楽しくすごした。一度したセックスのあとに、H子はT男について、好きだな、と感じた。とはいえ、以前ふられた男に対してのような、強烈な感情ではなく、T男がとても興味深いひとであって、こういう人がじぶんと関わっていることはわくわくするな、と言う非常に繊細な感覚であった。「恋故」、ではなく、「相手の個性故」に、会話がいつもその人ならではの感性に包まれることが非常に面白く、またその稀有さを”ひととして”切ないと感じた。それをH子は「T男さんと話しているとすべてがT男さんとの会話になっていくのがうれしいしせつない」と言うふうに、T男に伝えたのである。
 それを最後に、T男からの返信は途絶えた。投稿へのリアクションもぴたりと止まった。H子は、数日して、理由を尋ねた。すると二日後、「H子さんのきもちに答えられないから、距離を置きたかった」と回答があった。H子は、キムタクばりに、ちょ、まてよ、と思ったけれども、距離を置きたいと思ってるひとに距離置く以外の選択なんかできねーよな、ということだけは痛いほどわかっていた。そこで、さいごに自分のおもっていたことを、これでもかと重ねて相手に送り付け、このわたしの文字数に埋もれて窒息してもう何も言えない状態になってください、とH子は願った。来るわけがない返信を二日待って、H子はアカウントを削除した。
 それからまだ、一年もたたない。ついこの間のことなのに、T男がなにをしているのか、H子には知る由もない。誰かに聞きたくても、T男の交友関係などしらない。交友関係どころか、ほんとうの名前も、勤め先もすまいも知らない。会った街を、もし隅々まで歩いたとしても、どこかの部屋で踊りながら仕事をするT男もみることはできない。

 
 中野良太の心の機微を石田奏子は、初めから今日まで想像することもなかった。これからもしないだろう。中野の好きな音楽も、好きな酒も知らない。好きな本も映画も知らない。セックスは石田にとって無機質な記憶。だが、中野の暮らしを石田は知っている。中野が死んだら、石田は葬儀にはゆくだろう。
 H子は、T男の名前を知らない。住まいも、どんな仕事をしてきたのかも知らない。だが、T男と好きな音楽の話をした。オーガニックワインを飲む機会が多いと知った。読みたい本、見た映画を知った。セックスはH子に有機的に作用した。だが、そのせいでT男は引いた。T男の暮らしをH子は知らない。どちらかが死んでも、どちらも葬儀になどいかないのである。ふたりには各々、もう完全な知らないひと同士、となっていく未来しかないのだった。つまり未来はどこにもないのだった。したがってH子は思うのである。未来がないのであるから、過去もなかったのでないか。H子は、そんな謎をいだきながら、石田奏子をほんのちょっとうらやましく思うのだった。

おしまい。

 


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