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なぜ働いていると本が読めなくなるのか【読書感想】

本を読む時間はあるのにスマホを観てしまう。電子書籍が普及してその気になればスマホで本を読める時代なのに。

「私も働き始めて、本が読めなくなりました」「私の場合は音楽ですが、働き始めるとなかなかバンドを追いかけられなくなりました」「本を読もうとしても、疲れて寝てしまって、資格の勉強ができないんです」

作家の三宅香帆氏のもとにはこんな投稿が数多く寄せられたという。

「本を読めない」とあるが、この悩みの本質は読書に限らない。あらゆる趣味や家族との時間を諦めざるを得ないーそんな社会になっているのではないか。

そんな問題意識から、そもそも日本人にとっての読書はどのような位置づけだったのかを明治時代から労働史とリンクさせて分析する本。なんとなく勝手にHow To本だと思っていたが、どちらかというと社会分析の本である。


大正時代の社会不安 効率重視の教養は今に始まったことなのか?


中央公論という雑誌が2023年1月、「効率重視の教養は本物か」という特集を発表した。そこではインターネットの出現で情報収集やコンテンツ需要の在り方が変化して手軽に知識を得られるようになった現在、「効率重視の教養が台頭している」という主張がされていたのだそうだ。

他にもファスト教養という言葉が流行り、効率的に教養を学んで、自身の成長につながる実際的な利益に結びつけようとする動きが近年加速しているように見受けられる。

しかし、インターネットが登場する以前の教養に効率を求める動きがなかったのか?というとそうでもないようだ。

教養と言う言葉が定着し始めた大正時代、日本の読書人口は爆増していた。日露戦争後、国力向上のために全国で図書館が増設されたからだ。小学校を卒業した人々の識字率を下げないための手段が、図書館だった。

さらに出版社が価格を決定できる「再販売価格維持制度」や書店への委託制度も整備された。少し時間が飛ぶが明治末期に3000店舗だった書店は昭和末期には1万店舗になっていたという。私立大学が増設され、大学生も増加。夏目漱石の「こころ」は当時これらの学生からの人気を博してベストセラーになったという。

参考書籍:書店の近代: 本が輝いていた時代、<読書国民>の時代

大正時代と言うと和洋が混じり合ったロマンあふれるイメージがあり、出版業界もさぞ華やかだったのか…と思いきや、ベストセラー本は内省的というかはっきり言って暗い。

「出家とその弟子」:倉田百三
「地上: 地に潜むもの 」:島田 清次郎
「死線を超えて」:賀川豊彦


「出家とその弟子」はWikipediaによると以下の通り。暗い…。
愛欲を中心とした人間の煩悩や罪業と信仰との相克を描き登場人物たちの抱える「さびしさ」や苦悩に対して、浄土真宗の教義を織り交ぜながら、人間は「罪あるもの」、「死ぬるもの」であり、確かなものはただ「祈り」であると説く

詳細は割愛するが、これらのベストセラーは生活不安や社会不安への内省がテーマとなっている。文明開化の始まった明治時代は「修養」の精神を説いた新渡戸稲造や内村鑑三などが書いた、スピリチュアルな作品を中心に
ポジティブ希望を内包していたものが売れていたが、それとは対照的だと筆者は分析する。

実際のところ、日露戦争による巨額の負債と増税や、日比谷焼き討ち事件、米騒動と、若者を中心に鬱憤とストレスが多い時代であったことが伺える。

とはいえ大正は、明治政府が推進した「修養」と言う価値観が田舎でも根付いた時代でもあった。都市部でも田舎でも、社会不安の中で自分を律し、そして個人として国家や社会を支えられるようになることを求められたし、労働者たちも求めていた。読書も自己鍛錬で外聞を意識して品格を高める手段の一環であり、真に教養を身に着けるためのものではなかった──と本書は分析している。

大正以外も、日本人のベストセラーを中心に分析すると、どうやらどの時代でも労働者にとっての読書は娯楽と言うよりも自己修養の意味合いが強く、特に平成からは自己啓発本が人気となっておりその傾向が強くなっている。

全身全霊をやめませんか? 自分で自分を搾取


現代はどういう社会なのだろうか。

冒頭、スマホはやれるのに読書は~という問題提起をした。

大人は何を読んでいるのか 成人の読書の範囲と内容」(上田修一)によれば、近年「読書が減った」人の理由については、SNS(6.2%)よりも「仕事や家庭が忙しい」(40.9%)という事情の方が圧倒的に多かった。

映画ですら、娯楽ではなく教養として効率的に履修しようとする人が増えた時代に置いて、読書は自分が関心あることと関係ないもの(本書ではノイズと表現)が多すぎる。

余裕のない人間にとって、自分に関係のあるものばかり求めるのは自然なことだろう。インターネットの普及で「ノイズの無い情報」にアクセスできることが当たり前になった時代に、ノイズに溢れた読書に触れられるのは余裕のある人だけである。

現代は労働時間については、週休二日制の普及など、もしかしたら改善されているかもしれない。一方で、筆者は現代を「自己実現と労働が強く結びついてる時代」だと分析する。

「好きなことを仕事にする」ことが夢であり、理想である価値観やキャリア教育が広がっている。自己実現は趣味で実現しても良いのだが、なかなか難しいだろう。

会社にいない時間でもつい自分の意識は仕事にあり、余裕がない。そうなると情報を探すときも自分と関係あるものを探すようになる。

新しい文脈を受け入れられない時、そういう時は休もう。と私は心底思う。疲れた時は休もう。そして心と体がしっくりくるまで回復させよう。疲れている時に無理に新しいものを食べなくていいのと同じだ。そして回復して新しい文脈を取り入れたくなった時、また本を読めばいいのだ。

三宅香帆

おまけ:筆者三宅氏の働きながら本を読むコツ

・自分と趣味の合う読書アカウントをSNSでフォローする
・iPadを買う
→机に向かって本を開かなくても読める環境にするため
・帰宅途中のカフェ読書を習慣にする
・書店へ行く
・今まで読まなかったジャンルに手を出す
→環境が変わった時、実はそれまで読んでいた本になんとなく飽きただけかも?
・無理をしない
→「一時的に疲れてるのかもしれない、今は休もう」はかなり大事

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