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コインランドリー観察記 #2

先日、久しぶりにコインランドリーに行きました。
コインランドリー大好きマンなので自粛中のウキウキイベントの一つでした。
ふわふわのタオルを使うときの「オッ…」っていう感じ。
ちょっと頑張った日の帰りに買ったコンビニスイーツ食べるときみたいにちょっぴりつま先がくすぐったくなる感覚。

フィクションとノンフィクションの間のお話。


世間の自粛ムードが始まってしばらくのことだった。
在宅勤務になってからというもの生活がどうも乱れている。
緊急の電話なんて滅多にかかってこないし、年度末から年度初めの忙しさ、3月4月は覚悟と思っていた矢先の出来事だったので一層気が緩んでいる。
こんなに長く家に籠っているのはいつぶりだったろう。
学生時代から一人暮らしはしているが、料理が趣味、みたいなもこみち男子ではないし、僕の血液は牛丼濃縮液と言っても過言ではないだろう。
夕方に食べた牛丼の容器をごみ袋に押し込み、水を含んでドッシリ重くなった洗濯物を持って家を出る。
それにしてもイケアの袋は見た目以上に頑丈だ。
今年還暦を迎える母からは、イケアに行く度に「IKEAに来ました。」と謎の報告LINEが来る。
女性は何故あんなにイケアが好きなんだろう。
ニトリとイケアを並べたら8割の女性はイケアを選ぶだろう。  

と、そんなことを考えている間にコインランドリーに着く。
このコインランドリー、24時間じゃないのに24時間電気が点いているもんだから越してきたばかりのころに痛い目に合った。
中に入るとスウェットにクロックスを履いた女の子がいた。
誰もいなかったからだろう。友達と電話で話している。  

「コインランドリーってちょっと贅沢じゃない?いつも朝洗濯機まわすからお金払わんでも日光に晒せば乾いてくれるじゃん、しかもふわふわになるしさぁ…」

そんなことを言いながら出ていった。
学生かな。コインランドリーで500円使う贅沢か。そうかぁ。
ふと、学生時代のことを思い出す。
当時付き合っていた彼女と半同棲のような生活をしていた。
バイトや学校から帰って、狭いワンルームの中でそれぞれ過ごしていた。
酒好きの彼女だ、週末にはビールやらワインやら買ってきて、彼女の好きな映画を観た。
僕は普段からそんなに飲むわけではないが、ほろ酔いの彼女が映画を語る姿が好きだった。
彼女が別れを切り出したのは、僕が彼女の家にいるときだった。
彼女の一番好きな映画を観た後のこと、本当に突然だった。
喧嘩もしていないし、好きな人ができたわけでもなさそうだ。
気を引くために言い出すような人ではないし、きっと何かしら一人になりたい理由があるんだろう、そう察した瞬間、「わかった」しか言えないに決まっていた。
一瞬驚いた顔をしたが、きっと彼女も僕が考えたことがわかったのだろう。突然訪れた終わりに、その日の夜はいつも汗ばむほどの彼女の体温も冷たく感じた。

まだ空が薄暗い時間に目が覚めた。
気まずい、苦しい、愛しい、色々な感情が渦巻く中で、横に穏やかに眠る彼女の瞼、薄く残る白い線に突然実感が湧いた。
起きたらいないのは寂しいだろうか、いや、帰るべきか、悩みながら荷物をまとめるが、カバンをあまり持ち歩かないうえ3年半も過ごした部屋だ。
なかなか多い。
二人で何度も行ったイケアの袋が目に入った。
毎回袋を忘れるもんだから、どんどん溜まっていく。
その中から一番大きな袋を一つ抜き、荷物を詰めていく。
彼女の家にできた小さな空白、行きには無かった大きな荷物。
結局鍵と「イケアの袋、1枚貰うね」の書置きを残して僕は家を出た。
まるで「スーパーに行ってくる、なんか必要だったらLINEして」くらいのメモだったな、なんて思いながら。

家に帰り気づく、そうか、彼女の荷物をどうしよう。
未だ洗濯機の中にある彼女の服、置いていった雑誌、化粧品。
靄のかかった頭を洗い流してはくれないかとシャワーを浴びて、しまう場所もなく隅に置かれているイケアの袋からスウェットに頭を通す。
彼女の匂いに、また靄が深くなった。
そうか、この服たち、全部。そうか。
僕はとにかく無心で彼女の衣類を集めた。
さっきのイケアの袋に全部詰めて、コインランドリーに走っていった。
洗剤も柔軟剤も、コインランドリーに売っているものを買った。
乾燥機の中で、もう混じり合うことのないはずの僕と彼女の服がごっちゃになって回っているようすをずっと眺めていた。

彼女のものを詰めた段ボールは、もう僕の匂いも彼女の匂いもしない、ただコインランドリーに入ったときのモワッとしたあの匂いがした。


コインの投入と同時に乾燥機が回りはじめ、久しぶりにビールでも飲むかとコンビニに向かう。
コインランドリーの裏から先ほどの女の子の声がした。
まだおなじ話をしているらしい。  

「コインランドリーの匂い、すごい好き!」

(そうか、僕はどっちかというと嫌いかなぁ。)
楽しそうに話す女の子に心の中で返事しながら、ふとあの彼女は今頃どうしているだろうと考えながら時計を見ると、時刻は23時30分。
あと30分で戻らねば、あの服たちを回収するのは明日の朝になってしまう。
さっさと買ってコインランドリーでこっそり飲むことにする。


カリオストロの城の最後、画面いっぱいに「完」の文字が出るのがどうしても好きで使いたくなってしまいます。

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