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春はもうすぐそこまで

ただ今、白髪染め中ww 

美容院には行かず、自宅にてヘナ染めです。もうずっと何年も前から。美容院で染めないのは化学的な染料にかぶれたことがあるのと、金銭と時間の節約。とはいうものの、二週間に一度は染めないと、化学染料に比べると色落ちが早いのが難点です。

ここのところ、寒い日が続いていたけど、明日は暖かくなりそうな予感。そして、あの日から10年経ちました。月日が過ぎるのは早いものです。10年ひと昔とも言うけれど、ついこの間のことのような気もします。

3.11を前に「死」にまつわるテーマの過去blogをUPしていましたけど、読み返すとやはりテーマがテーマだけに重たいですよね。かと言って明るく読み飛ばせるような内容でもないですし、前向きになれる内容というのとも違う。せめて生命は連続するのだと、あの世(死後の世界とその先たる来世)はありますよ、と言う希望を示すのが精一杯。私の職業上の立場からは、その程度のことしか言えないんですよね。

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父方の祖母が亡くなったとき、距離や運賃の問題から、葬式に帰省したのは父だけでしたが、帰宅した父がリビングに入ってきたときには、私は目を丸くしてフリーズするしかなかったです。はい。父の後ろというか横には、祖母が寄り添うように(張り付いて)くっついていたのです。お持ち帰りか??っていうのでしょうかねww

スケルトンな祖母は私が最後に見た祖母の姿よりも小さくて(縮んでいて)、当たり前ですが老けていました。父の顔を一生懸命仰ぎ見ては、「〇〇ちゃん、〇〇ちゃん」とひたすら語り掛け、孫である私たち姉妹や嫁である母などはまったく眼中ないといった感じで完全スルー。この祖母は長男教でしたので、長男である父のことを「うちの皇太子」なぞと呼んで、マザコンに仕立て上げやがった張本人でしたから。ダメだこりゃって感じでしたかねー。

とりあえず祖母がくっ付いてきて、父親に張り付いて、いま現在家の中にいることは母親には言いましたが。姉はまあ、そういうのは理解できない脳筋女でしたのでこの手の話をしても無駄なので除外。

アルツハイマーと言うか痴呆症になってから、それまでの仕返しとばかりに叔母(次男嫁)に虐げられてたとのこと。自分実家の法事の際に帰省した母が会ったのが最後になったのですが、その時何故か私にって泣きながら500円をちり紙に包んだものを渡してきたのですよね(姉の分は無く)。その姿を見たらば、それまでの嫁いびりされた、あれやこれやの積年の恨みも吹っ飛んだとのことでした。(なんか倉庫みたいなところに押し込められて、ンコまみれでとても酷い状態だったとのことです。)

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一週間くらいで祖母の姿は消えましたかね。最後まで意思の疎通は出来ませんでしたが。けれども、それから20年位経った頃、突然出てきました。とある人の身体に乗り移ってくれたという、何ともな展開。最初は何がなんだかで、ギョッとしましたよ。いきなりトランス状態になったその人がシクシクと泣き始めて、「〇〇〇ちゃん、ごめんねー ごめんねー」と始まって。ちょ、おま、誰だよ~と思ったら、この祖母だった。

ようするに、自分の子育てが間違っていたから、孫の貴方にとても辛い思いをさせてしまった。あんな男(父親)に育ててしまったことが原因で、結果的にあなたにとばっちりが…ヨヨヨヨと大泣きされて土下座されたわけです。他人の身体使ってだけど(その方にはすみませんでした)。その後もう一回くらい、ごめんね、ごめんねってきたかなあ。当時の私はしらっとしたもので、いやさ今更さんなこと言われてもね、って冷たい孫でしたね。謝罪するなら金をくれって感じだったかもww それは冗談ですが。

いきなり、目の前の人が(決してその職業の方ではなく)トランス状態に入って、過去のことに関して私に対して謝罪をしてくるって言うのは、その時で実は二度目だったりするので、その辺りはアレだったんですけども(経験者か)。身内とは言え、帰省した時やこちらに上京してくれた時にしか会ったことのない、あまり接触や親しみのない身内ってのも戸惑うものです。※そして、唐突に目の前にいる人にトランス状態に入られて、急に霊が降りてくるのはその後もあるのであったっっトホホ

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でも、その祖母ももう出て来ないので、転生のサイクルに入ったのでしょう。それ以前に母方の祖母が亡くなったときには、私は会えませんでした。くも膜下出血で13年間寝たきりだったときには、よく幽体離脱をして、鹿児島から千葉の実家まで来ていたものですが(母に説教をしに)。亡くなった後もご近所では有名な幽霊として、あらゆる人に目撃されていましたね。屋根に座っていたり、庭に居たり、室内にも勿論。でも、私は会えなかった。

祖母が逝った後、亡くなった祖父は私の部屋に何度か会いに来てくれました。でも、一緒に暮らしていなかった私にとっては、もうびっくりして近所中に響き渡る悲鳴をあげるしかありませんでした。真夜中に出て来られるのはマジ勘弁して欲しいって話で。だってね、寝返りうって目を開けたら、そこに顔があるのって、誰だってビビリますよ。いくら身内でも。おまけに祖父、強面だし。二回位、真夜中の来訪で騒ぎまくったら、次は昼間でした。ああ、良かった。

他の身内やそうでない人たちは祖母の幽霊に遭遇しているのに、私は祖母に会えず仕舞いでした。逆に、父親大好きだった母にしても、その他の身内にしても祖父には会えず、私だけが祖父に何度か会えています。ちなみに母も叔母たちも母方の一族に関しては人魂だの幽霊だの、魑魅魍魎みたいなものを子供の頃から見慣れています(母方の実家は目の前が墓地)。心霊現象はそれなりに経験者っていうんですかねっっ そんなわけでその手のものを視ることの出来る人であっても、幽霊との相性というのはあるわけです。

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そういえば、数年前のお客様でとても大切な方を亡くされた直後とのことで、そのことが目的でのセッションでは無かったのですが、もしかしたら、コンタクトを取れやしないか…と淡い期待をお持ちになって下さったのですね。でも、その亡くなられた方は某宗教の信者さんだったことから、うちのサロンに入れなかったんですね。我が家は宗教チャンポンでキリスト教モチーフの飾りもあるし、神棚もあるし、仏教モチーフのものも、お札なんかもあったりするもんだから。

確かに亡くなってから、そのクライアントさんのとこには来ていたんだけども、ここには入れませんって頑なにマンションより少し遠いとこにスタンバっていて… まさか宗教チャンポンな状態が、あの宗教の死者避けになるとは思いませなんだが。

そんな感じで肉体は無くなってしまっていても、ちゃんといるんですよね。しばらくは。

視えることに悩まされてた昔と違って、今の私はたまにしか見ないけども。彼らがそこにいることくらいは解る。とは言え、生前と同じにはコンタクトは取れない。触れることも出来ない。言葉として交わす意思の疎通が出来ないし、体温のある肉体で相手を捉えることが出来ないことには、人はその人を感じることがどうしても出来ないのだから。その存在なしには、「居る」ということを実感できず、失ったことの悲しみや辛い思いを抱えることになるのは当たり前というもの。

そうですね。身内にしても他人にしても霊に遭遇したことがそれなりにあり、そうやって死者と会話する経験を何度か経験した私でも、愛猫を失くしたときには半狂乱になりました。エレメンタルとしてチョロチョロしている愛猫を視覚的に捉えることは出来ても、やはり触れられない、抱きしめられないってのは、致命的な悲しみですもの。

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あれから10年。その年に早々と次の人生に行った人もいるし、一年後、二年後、数年の後に転生した人もいます。未だ死を自覚出来なくて彷徨える人もいるし、なかなかふんぎりのつかない人、準備中の人もいるのだと思います。そして、今年も節目ということで、たくさんの人が鎮魂の祈りとともに上がっていくのでしょう。願わくば多くの人の心の傷が癒されますように。

そして震災の教訓が次世代に生かされますように。

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