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浅草でコーヒーを(喫茶ミモザ)

前回までのお話

私達は草ぼうぼうの空き地を見渡して、それからお互いに顔を見合わせた。
「…これからどうする?」
希里の問いは、今日この後どうするかという意味でもあったかもしれないし、私はこの先どうするのかという問いでもあったのかもしれない。今判明した事実をどう扱うのかとか、結婚とか。
もう考えるの嫌だな、と思ったら、急に甘いものが食べたくなってきた。
「何系がいい?和菓子?洋菓子?」
すかさず聞いてくれる希里はさすがだ。
「パンケーキがいいな。バターとメープルシロップたっぷりのやつ」
希里は、ちょうど私も同じことを考えてた、と言って歩き始めたので私も後に続く。
喫茶店まで歩く約15分間、私達は無言だった。大通りを離れ、アーケードの下を通り、浅草の喧騒を離れた静かな商店街に入る。この辺りは奥浅草と呼ばれる地域らしい。裏原宿みたいな感じだ。
商店街から脇道に入り、少し進むと小さな喫茶店があった。店名は「喫茶ミモザ」。その名の通り、店の前にはミモザが植えられていた。
テーブル席に案内され、メニューを開くと、目に飛び込んできたのはなんと5段のパンケーキ!一番下が一番大きくて、上の段に行くにつれて小さくなっている。小さい頃に絵本で見て憧れたパンケーキそのものだ。
「それ、2人でシェアする?」
私の目が釘付けになっていたのを見て取った希里が提案してくれたので、ドリンクは各々で頼むことにした。
私はミモザのフレーバーティー、希里はやっぱりコーヒーを頼んでいた。
紅茶はガラスポットに入って、砂時計と共に運ばれてきた。このスタイルは特別なティータイム感があって好きだ。砂時計の砂が落ち切るのを待って、紅茶の葉を引き上げ、カップに注ぐ。
口に運ぶ前から華やかな香りが鼻腔を満たしてくれる。一口飲むと、温かさと優しさが私の体に染み渡る気がした。
「パンケーキ、来たよ」
やって来たパンケーキは本当に5段だった。バターとメープルシロップも添えられている。
「美味しそう!」
テンションが上がって写真を撮りまくる私を待って、希里は手際良くパンケーキを切り分けてくれた。
いただきます、と2人で同時にパンケーキにフォークを刺す。
「幸せ…!」
一口食べて出た感想がこれだ。素朴で優しい味。お花もベリーソースもフルーツも乗っていないけれど、パンケーキといえばこれ、というイデアのような美味しさ。
バターとメープルシロップ、カルピスバターを好きなだけ乗せて食べる幸せ。
私も希里も黙々とフォークを口に運び、5段のパンケーキを2人であっという間に平らげてしまった。
「ふう、お腹いっぱい」
「美味しかったね」
そんなことを言いながら、私達はドリンクを飲んで一息ついた。
「ところで、真百合はどうするの?今後」
現実逃避の時間はおしまい。希里が私を問題に向き合わせてくれる。
「彼とは結婚するの?というか、したいの?」
どきり。まだ私の中で整理がついていないのに痛いところを突いてくる。
「彼のことは好きだから結婚したい。でも悪いことする人とは結婚したくない」
「じゃあ、好きな人が悪いことしてたらどうするの?」
思いつくままに言葉にする私に、希里は間髪入れずに返してくる。そうされると私は答えに窮してしまう。そして希里はさらに畳み掛けてくる。
「会社のお金でこういうことする人は、家のお金でも同じことするよ?共同の貯金とか使い込むかもしれないよ?」
「うん…、でも…」
「彼に奢ってもらったご飯代、もしかしたら会社のお金だったかもしれないよ?」
氷水が通って行くような恐怖感が肺を満たす。知らぬ間に悪事に加担していたかもしれないという、罪悪感にも似た感情が全身を駆け巡る。希里が裁判官に見えてきた。
「本当はわかってたんでしょ?彼がしてること。だから今日、私と会ってるんでしょう?」
希里の言うことは全く正しい。90%以上の確率で、私は彼のしていることを確信していた。
「どうしたらいいのか、わからなくて…」
会社の経理としての私と、彼のパートナーとしての私の間で、ただの私が板挟みになる。
「この件を会社に報告したら、彼は間違いなくクビになる。そしたら私達の結婚は?両親への挨拶は済んでるし、式場はもう仮予約しちゃったよ?」
鼻の奥がツンとしてきたのをグッと堪える。
「入籍してないならどうとでもなる。仮予約はキャンセルすればいいし、彼への両親には平謝りすればいい。同じ会社にいるのが気まずいなら転職したっていい」
希里の正論が私の胸を突き刺す。痛い。でもこうなるのはわかっていたことで、私が望んでいたことでもある。ついに私は折れた。
「どうすれば、いいの、かなぁ…」
「なにも彼と直接対決する必要はないでしょ。領収証の件は経理として上長に報告すればいい。そうすれば会社は然るべき処置をしてくれるんじゃないの?」
「それで、彼とは…」
「何も問題が表沙汰になるのを待つ必要はないのよ。むしろその前にさっさと別れちゃった方が面倒がなくていいよ。真百合が気がついたことに彼が気づく前にね」
私の人生の軌道修正のためのプロットを希里は組み立てくれる。
恋愛なんてね、いいじゃん!か、やめとけ!しかないんだよ、と言って、希里はコーヒーをビールのようにグビリと飲んだ。

お会計をして店を出ると、外はもう暗くなりかけていた。
希里は浅草駅まで送ってくれたけれど、私達は無言だった。
改札でじゃあまたね、と手を振ると、希里はその手をぎゅっと握って言ってくれた。
「幸せになれ!」

地下鉄に揺られながら、私はこの先のことを思う。
そして希里の最後の言葉を反芻する。何度も、何度も。
癖で彼からもらった右手薬指のリングを触ると、少しサイズが合っていないのを思い出す。
直しに行くの面倒だな、と私はひとつ、大きなため息を吐いた。

The End














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