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伊月一空の心霊奇話 ーそのいわく付きの品、浄化しますー 第6話

◆第1話はこちら

第1章 約束の簪

5 新たなイケメン登場

「やあ、いっくう、いる? あれ、お客さん? 珍しいねえ」
 どうやら、この店の主の知人らしい。
 一空に負けず劣らず背が高く、見た目の良い男であった。
 仕立てのよさそうなスリーピースを着込み、スラックスの折り目もしっかりして、しわひとつない。
 上等な生地であろうことが素人目にも分かる。

 格好だけはやり手の青年実業家風ではあるが、頭髪を見ると明るめの茶髪、耳にピアス。
 雰囲気がチャラい。
 笑い顔もニタついて軽そうだ。いや、軽い。
 ホスト?
 愛想のよすぎる笑顔がよけい怖いかも。もしくは、イマドキのインテリヤクザ?

「君、可愛いね。高校生かな?」
 口調もそうだが、初対面の女性に馴れ馴れしく近づいてくるところが、やはり何度も言うが軽い。
「ちがい……」
 紗紀は首を横に振り、出口の方に向かって一歩、さらに一歩と足を引く。

「あれ、帰っちゃうの? 僕のことは気にしなくていいからゆっくり見ていきなよ。店主は陰気だけど」
 それは当たっているかも。
「陰気だと?」
 眉間にしわを寄せぽつりと漏らす一空を無視し、チャラ男は続けて言う。

「品物はいいものが揃ってるよ。それは僕が保証するから」
 チャラ男はキザったらしくウインクしながら言う。
 そのウインクが嫌味なく見事にはまっていた。
 そこらの男が同じことをやったら、失笑ものだ。
「すみません。もういいんです。失礼しました!」
 もう一度頭を下げ、逃げるように紗紀は店から出て行った。

 一空と運命の出会いをはたした紗紀ではあったが、この時彼女はまだ、一空のもう一つの顔を知らなかった。

「あーあ、行っちゃったね、あの子。残念」
 肩をすくめるチャラ男を、一空は目を細め睨みつける。
「ナンパをするなら、よそでやれ」
「ナンパ? あはは、お子様相手にまさか。犯罪になっちゃうよ。こんな時間になんで高校生がいるんだろう、学校はどうしたの? って思っただけ」
 時刻は午後一時を過ぎたばかり。
 確かに、高校生が町を出歩くにはおかしな時間だ。

「高校生ではない」
「そうなの? なら食事に誘えばよかったかな。赤坂の高級鉄板焼き。せっかく予約したのに僕、女の子に振られちゃったんだよね」
 振られたというわりには、それほど残念そうには見えない。
 一空は肩をすくめた。

「なんだったら、いっくう一緒に行く? ホテルも予約してあるよ」
「他をあたれ」
「相変わらずつれないなあ。で、今の子、ものすごく慌てて出て行ったけれど、どうしたの?」
 一空は紗紀が残していった簪に視線を落とし、何でもない、と小声で答えた。

◇・◇・◇・◇

 強引であったとはいえ、骨董屋に簪を引き取ってもらい(実際は押しつけたのだが)これで、あの女の霊に悩まされることなく、ぐっすり眠れると安心していた紗紀であった。

 それでも最初は怖々とした夜を過ごしていたが、一日、二日と経ち、霊が現れることもなくなり、一週間過ぎた頃には警戒も解け、そんなことがあったことすら忘れかけた、十四日目の深夜のこと。

「う……」
 寝苦しさにふと目を覚ます。
 部屋は暗く、カーテンの隙間から漏れる街灯の明かりが仄かに照らすだけ。
 枕元に置いたスマホに手を伸ばし時刻を確かめると、午前二時を少し過ぎたところであった。

 喉が渇いたので、ミネラルウォーターを飲もうとベッドから起き上がりキッチンへ向かう。
 冷蔵庫からペットボトルを取り出し喉を潤した。

 変な時間に目が覚めちゃったな。

 再びベッドに戻ろうと振り返った紗紀は、悲鳴を上げた。
「ど……う、して」
 声にならない声を上げ、腰を抜かして床に座り込む。
 目の前に、あの女の霊が立っていたからだ。
 もう現れることはないと安心していただけに、驚きは半端ない。

 どうして現れたの? 簪はもうここにはないのに。
 それとも、あの簪は関係なかったの?

 女は何かを訴えかけるような目で立ち尽くし、紗紀を見下ろしている。
「何? 私にどうしろっていうの。私には何もできないの」
 女はゆらりと、頼りない足取りで近寄ってくる。

「来ないで!」
 紗紀はめちゃくちゃに両手を振った。
「お願いだから、来ないでーっ!」
 両手で頭を抱え、紗紀はキッチンの床にうずくまり身を震わせた。


ー 第7話に続く ー 

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