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伊月一空の心霊奇話 ―いわく付きの品、浄化します―

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霊が視えることが悩みの静森紗紀は わけあって 一軒の骨董屋を訪れる。店の名は『縁』。その店は店主である伊月一空の霊能力で 店に並ぶ品たちの過去の縁を絶ち さらに新たな縁を結ぶとい…
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伊月一空の心霊奇話 ーそのいわく付きの品、浄化しますー 第1話

 その店は、いわくつきの品を浄化する、骨董店であった プロローグ  暗闇の中、部屋の隅に髪の長い女が立っている。  まるで、何かを訴えかけるような目で、こちらを見据えながら。  顔も見たことがない、知らない女性であった。  なのに、時折こうしてその女は姿を現しては、もの言いたげな目で見つめるのだ。  また現れたの。  あなたは誰。  どうしてそんな目で私を見るの。  そう女に問いかけようとしたが、声が出なかった。  指一本、動かせない。  金縛りだ。  ゆっくりと、そ

伊月一空の心霊奇話 ーそのいわく付きの品、浄化しますー 第2話

◆第1話はこちら 第1章 約束の簪1 呪われた簪  静森紗紀は机に頰づえをつき、ぼんやりと教室から見える外の景色を眺めていた。 「……ねえ紗紀、聞いてる?」 「え?」  間近で聞こえたその声に、紗紀は我に返る。  辺りを見渡すと、講義を終えた生徒たちがいっせいに、教室の出入り口へ向かって歩いて行くのが目に映った。  いつの間にか講義が終わっていた。  目の前で友人の深水暎子が腰をかがめ、こちらを覗き込むように見つめていた。 「え? じゃないわよ。あたし、今日バイト休みだ

伊月一空の心霊奇話 ーそのいわく付きの品、浄化しますー 第3話

◆第1話はこちら 第1章 約束の簪2 骨董屋『縁』  暎子の助言で簪を売る決意をしたものの、実際どこに持っていけば売れるのかと紗紀は迷っていた。  町でよく見かけるリサイクルショップで引き受けてくれるのかな。  しかし、この簪が、そういうところで売れるかどうか分からない。それに、なぜだか分からないが、心のどこかで簪を売ることに躊躇いを覚えているのもあった。  そんなことを悩みながら二日が経った日、大学の帰りに駅から自宅へと向かう途中のいつもの道が、ガス管工事のため迂

伊月一空の心霊奇話 ーそのいわく付きの品、浄化しますー 第4話

◆第1話はこちら 第1章 約束の簪3 縁 出会い 「おい、大丈夫か?」 「やめて!」 「しっかりしろ!」  頭上から落ちてくる声に、紗紀は目を開け顔を上げる。  目の前に若い男が立っていた。  立てるか? と訊ねられ、腰をあげようとした紗紀の腕に、男の手が添えられた。 「すみません……突然、具合が悪くなって」  紗紀はもう片方の手でこめかみの辺りを押さえる。  頭痛はおさまったが、目の奥がまだチカチカした。  そのせいで、少し吐き気がする。  それにしても、今のは何だ

伊月一空の心霊奇話 ーそのいわく付きの品、浄化しますー 第5話

◆第1話はこちら 第1章 約束の簪4 買い取ってください! 「ご迷惑をおかけしてすみません。突然、貧血を起こしたみたい……」  カウンターの側に置かれたアンティーク調のテーブルセットに腰をかけた紗紀は、頭を下げ弱々しい声で呟く。  本当のことを言えば、貧血ではなく突然、おかしな声や映像が頭の中に流れ込んで混乱したといったほうが正しいのだが、そのことは口にはしなかった。話したところで信じてはもらえない。笑われるだけだ。  いきなりお店で倒れるなんて恥ずかしすぎる。 「無

伊月一空の心霊奇話 ーそのいわく付きの品、浄化しますー 第6話

◆第1話はこちら 第1章 約束の簪5 新たなイケメン登場 「やあ、いっくう、いる? あれ、お客さん? 珍しいねえ」  どうやら、この店の主の知人らしい。  一空に負けず劣らず背が高く、見た目の良い男であった。  仕立てのよさそうなスリーピースを着込み、スラックスの折り目もしっかりして、しわひとつない。  上等な生地であろうことが素人目にも分かる。  格好だけはやり手の青年実業家風ではあるが、頭髪を見ると明るめの茶髪、耳にピアス。  雰囲気がチャラい。  笑い顔もニタつい

伊月一空の心霊奇話 ーそのいわく付きの品、浄化しますー 第7話

◆第1話はこちら 第1章 約束の簪6 心霊番組に映っていたのは! 「スーツケース手にいきなりやって来て、しばらく泊めて欲しいなんていうから驚いたけど、そういうわけだったんだ。てか、悪霊の件は簪を手放して解決したんじゃなかったの?」  暎子の中で女の霊は、悪霊に格下げされたようだ。いや、心霊好きの暎子にとっては格上げか。 「私もそう思っていたんだけど」  昨晩、女の霊を見た直後、キッチンの床で身体を丸めた状態で気を失ったらしく目覚めると朝になっていた。  それから、慌てて

伊月一空の心霊奇話 ーそのいわく付きの品、浄化しますー 第8話

◆第1話はこちら 第1章 約束の簪7 イケメン店主の正体は 「きゃー、一空先生、素敵、かっこいー! イケメン!」  叫びながら暎子は身体をくねくねさせ、テレビに映るイケメンに食いついている。 「う、嘘でしょう」  紗紀も別の意味でテレビに食いつく。  この人、この間の骨董店にいた、感じの悪い店主!  きちっとスーツを着こなしていて、最初は別人かと思ったが、この整いすぎた顔は忘れない。  いや、忘れようがないし、見間違えようもない。 「この人霊能者なの?」  すると暎子

伊月一空の心霊奇話 ーそのいわく付きの品、浄化しますー 第9話

◆第1話はこちら 第1章 約束の簪8 これも縁か 「来ると思っていたよ」  翌日。  再び骨董屋『縁』に訪れた紗紀に、開口一番店主である一空が言った言葉がそれであった。  まるでここに来ることを、予想していたという口振りだ。  カウンター前の椅子に座り、読んでいた本から視線を上げた一空の、悔しいくらい涼しげな顔は後々になっても忘れられない。  店の入り口で突っ立っている紗紀を、一空は店内奥へと誘う。  あの時、あんな失礼な態度でいわく付きの簪を押しつけ、店を出て行っ

伊月一空の心霊奇話 ーそのいわく付きの品、浄化しますー 第10話

◆第1話はこちら 第1章 約束の簪9 霊感体質な私の悩みを理解してくれる人  ようやく、自分のことを分かってくれる人が現れた。  視たくないものを視てしまうあの恐怖。  今まで誰に相談しても理解してもらえず、親でさえ、どうすることもできなかった。 「でも、なぜ私が霊感体質だと分かったんですか?」 「この間、君が手に取った指輪を覚えているか?」 「赤い石の指輪ですよね。素敵だから欲しいなあって」  紗紀は指輪を見つけた辺りの棚に視線をやる。が、一空の次の言葉に顔を強ばらせ

伊月一空の心霊奇話 ーそのいわく付きの品、浄化しますー 第11話

◆第1話はこちら 第1章 約束の簪10 なんでもすぐ霊のせいにするな 「この簪の持ち主であろうその女性の霊を憐れんだのだ」  そんなばかな!  呪われて殺されそうになる私よりも、呪い殺そうとする悪霊のほうに同情するなんて。  ぽかんとする紗紀の前で、一空はやれやれとため息をつく。 「まったく。そうやって、すべて霊のせいにする奴がいるから困ったものだ」 「でも、女の霊が現れて」 「その女は、願いを聞いてもらおうと現れただけ」 「願い? 呪いではなくて?」  紗紀は首を傾

伊月一空の心霊奇話 ーそのいわく付きの品、浄化しますー 第12話

◆第1話はこちら 第1章 約束の簪11 どら焼きと五平もち 「おじいちゃん! おばあちゃん!」  庭先で出迎えてくれた祖父母に向かい、紗紀は手を振り駆け寄った。 「まあまあ、よく来てくれたねえ。元気だったかい」  久しぶりに会った孫の手をとり、祖母、山崎トキは嬉しそうに目を細めた。 「私は元気。おじいちゃんも、おばあちゃんも変わりない」 「ああ、元気にやっているよ。ねえ、おじいさん?」  トキは隣に立つ夫、政夫に話しかける。  祖父はうむ、と言葉もなく頷く。  喋らない

伊月一空の心霊奇話 ーそのいわく付きの品、浄化しますー 第13話

◆第1話はこちら 第1章 約束の簪12  簪の持ち主 「あのね、今日ここに来たのはおばあちゃんに聞きたいことがあったの」  そう言って紗紀は、お楽しみのどら焼きに手を伸ばす、すると横で一空がまだ食べるのかと驚いた顔をしていた。  一空の手土産のどら焼きを一口食べ頬に手を当てた。  なにこれ、おいしい!  生地もふわふわで柔らかいし、あんこも控えめで上品な味。生地に練り込まれた黒糖が深みを出し、あんこの甘みと調和していて絶品であった。  まさか、噂のどら焼きを、こうして

伊月一空の心霊奇話 ーそのいわく付きの品、浄化しますー 第14話

◆第1話はこちら 第1章 約束の簪13  遠い約束と誓い  早春を告げる、しだれ梅の香りが甘く漂う。  二人の男女がその梅の木の下に立っていた。  秘密の逢瀬を隠すように、垂れた梅の枝が二人の姿を幕のように覆った。 「楓さん、すまない。君を妻にはできなくなった。僕が不甲斐ないばかりに。本当に」  すまない、と男はかすれた声を漏らしうなだれる。 「真蔵さん……」  私を妻にしてくれると約束したのに、どうして? と、喉まで出かかった言葉を飲み込み楓は唇を震わせた。  けれど