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ガラスの10代 part.2

父を亡くした8歳からの10年を、
まだ、整理できない理由は、もう一人の僕がいるからだ。

もう一人の僕は、
母の言葉の裏を、真意を、理解できる。
不可解に見える行動も、理解できる。

再婚しなかったのは、子供達のため。
ダメな男ばかりを選んで、
本気になってしまう前に、追い出した。

理容店を継がせなかったのも、子供達のため。
家族が皆同じ仕事に就いたら、
その職業が衰退した時に、助け合えなくなってしまうから。

一人立ちして生きるために大事なことは、何度も言った。
「保証人にだけはなるなよ。」
「女も、男と同じだけ稼げる仕事に就け。」
夫に先立たれても、生活に困らないように。
姉は、歯科技工士になった。

中学生の僕が考えた家出計画なんて、お見通し。
親を利用するだけ利用して、
金を出させて、
出て行くことも、わかっていた。

それが受験勉強の原動力になるなら、
一人で生きていける力になるなら、
出ていけばいい。
帰って来ないことも、知っていた。

小学校3年生の時、カブスカウトに入れてくれた。
3日間のキャンプ合宿は、逃げ出したいほど寂しかった。
母に、会いたかった。

合唱コンクール選抜でソプラノ担当の僕が、
小坂明子の「あなた」を歌うと、目を閉じて聴いてくれた。

6年生の時、少年野球の練習を見に来てくれた。
一塁手の僕が送球を捕れないと、ボールが草むらに入る。
母が、草むらに入って行く。
ボールを探して、戻してくれる。
そんなこと、しなくていいのに。
あとでみんなで探すから、いいのに。
ただ微笑んで、見ていて欲しかった。
僕のせいで母が草むらに入っていくようで、哀しかった。

中学生の僕が父の形見のクラシックギターを弾くのを、喜んでくれた。
古かったから、流行りの曲が弾けるフォークギターが欲しいと言ったら、
老後の面倒を見るという条件で、買ってくれた。
ずっと見ていられるほど、嬉しかった。

予備校の学費がそんなに高いとは、知らなかった。
母から手渡された、一万円札がたくさん入った封筒を持って、泣いた。
母が稼いだ、血の出るようなお金を、僕は、
母から離れるために、使おうとしている。

もう一人の僕が、罵る声。
「親不孝! 自分勝手! 恩知らず!」
でも、身体は一つしかない。時間は戻せない。
あと1年、頑張るしかなかった。

僕は、母のおかげで、家を出た。
母から離れるために、家を出た。
それきり、戻らなかった。

父を亡くした8歳からの10年を、
まだ、整理できない理由は、もう一人の僕がいるからだ。

母に感謝している、
母から離れたくなかった、
母が大好きな、
もう一人の、僕が、いるからだ。


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