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坂元裕二さん作品は、伝わらない

カルテット、Mother、最高の離婚、anone、東京ラブストーリー、大豆田とわ子と3人の元夫、初恋の悪魔。これらはすべて人気脚本家、坂元裕二さんの作品だ。

坂元裕二さんが書く登場人物たちはいつも、どうしようもない。どうしようもないことであがいてもがく、まるで私たちを見ているような気持ちになる。救われたいと願うし、いい人でいたいと願うし、甘い汁をすいたいと願う。どこまでも現実を見せられて、そして最後にはそんな登場人物たちが愛しくなる。それはつまり、「私もまた明日、生きていける」に似ている感覚だ。


しかし最近、とても驚いたことがあった。

「坂元裕二? 誰それ、お笑い芸人?」

確かに、会社の同僚からそう言われた。最近のテレビの話をしていて、私がドラマの話を始めたらそう言われた。

なんと……そう……そうか。

彼が脚本を書いたドラマをかじるように見て、何度も見返して、心にしみるセリフを恥ずかしげもなくアプリのメモ機能に私はメモしているのに。そうか。

私自身も、私の周りにいる人も、坂元裕二さんの作品が好きだったから気づけずにいたけど、彼のことを知らない人だって世界にはいるのだ。


「っていうか、知らない人のほうが大半じゃないのかな?」と言ったのは、坂元裕二さん作品のことが私と同じように好きな友達のひとりだ。

「ええっ!? そんなことある!? だって私のTwitterでも話題だし、ドラマ自体もめちゃめちゃ面白いのに……」

「でもさ、坂元裕二さんの作品って最初っから見るっていうのが前提じゃない?」

「最初っから見る?」

「そうそう。坂本さんのドラマって途中から見るのは複雑すぎてできないと思うんだよね。1回見ると面白くて夢中になるけど、途中から見てもストーリーも掴めないし、登場人物たちの関係性も何もわからないと思う。それになにより、見てる側がその魅力を伝えらないと思うんだよね。劇的なことがなくて日常すぎるドラマもあるから説明も難しいし……」

その意見に、素直になるほどな、と思った。確かに2022年夏ドラマ「初恋の悪魔」は特にそれだと思う。

主人公は刑事……ではなく、県警に務める総務部の馬淵。それから友達の経理部の小鳥さん。そして自宅謹慎中の刑事、鹿浜さん。さらには生活安全課の刑事、摘木さん。

刑事が2人と、警察に関係する人が2人。何をするかというと、捜査権がないながらも小鳥さんの好きな人のために4人で事件を解くし、馬淵くんのお兄さんは謎の殉職をしているからその謎も解こうとするし、鹿浜さんの家には地下牢があったし、摘木さんは無意識な二重人格だし、それから……と、かなり複雑だ。

だけどこれがめちゃくちゃ面白い。ひとりひとりのキャラも、物語の大筋も、ストーリー展開も、そして坂本さんならではの会話劇も面白い。

だけど、じゃあいざ「どんなふうに面白いの?」と聞かれたときにうまくプレゼンができない。「いいからとにかく見てくれ」とだけ言って、プレゼン会場を真っ暗にしてティーバーをつけたくなる。そして1時間見終わったあと、「そらみたことか」と言って会場をあとにしたい。ただ、そうまでしないとうまく魅力を伝えることができない自分が不甲斐ない。

そう思うと、坂元裕二さん作品に触れていない人もこの世には多くいる。

ふつうの刑事ドラマであれば1話ごとに事件がおきて、その裏で1本の大きな事件が起きていることが多いし、恋愛ドラマであれば思い合っている男女と、その男女を遠くから思っている四角関係、というのもわかりやすい。

そうか。

坂元裕二さん作品は伝わりずらい。でも一度触れてしまうとそれはまるで中毒、麻薬のように何度も見たくなるし、もう一度あのセリフを聴きたくなる。そしてできれば日常の中で、私もこんなふうに話したいと思わされてしまう。

今期、一番熱いと個人的に思っていた「初恋の悪魔」の視聴率を検索してみて、愕然としたけれど、それでも私は坂元裕二さん作品が大好きだ。




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