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OJTトレーナーの「振り返り方」 第8話

OJTは単なるコミュニケーションではなく、その目的はあくまで育成であるが故に、トレーナーは様々なジレンマに向き合うことになります。本コラムでは新人トレーナーが葛藤に遭遇し、乗り越え、成長していく一年間のストーリーとしてOJTに対するヒントをまとめました。<目次>

ウィル・シードがOJTトレーナーに研修を行う中、ご質問が多い項目として「振り返る」があります。昨今では仕事内容や職場環境に多様性が生じ、新入社員の仕事も不確実性が増してます。新入社員であっても、自ら考えて経験学習サイクルを回せることが求められるようになりました。本コラムを通じて、新入社員の成長を促す「振り返り方」について考えていきたいと思います。

9ヶ月目:誰と比べる?

【登場人物】
中田稔(25):総合電機メーカーの商品企画部に勤務。入社4年目。佑介のOJTトレーナー
佐藤佑介(24):商品企画部の新入社員。大学院卒。11月に商品企画第二部へ異動

【ストーリー】
佑介が入社して9か月が経った。

今日は、全社で一年に一度の「甘味ミーティング」が行われる。鏡開きの日に餅を使ったスイーツを食べながら、お互いを褒め合うというものだ。

スイーツのアイデアは毎年社員に募集し、最も人気の高かったものが自社の生活家電を使って作られる。

女性社員A「今年はどんなスイーツかな?」
女性社員B「楽しみだね」

カフェテリアに集まってきた女性社員の話し声を聴きながら、稔はドキドキしていた。というのも、自身が企画にかかわったオーブンレンジを使って作るスイーツを考えて、応募したからだ。

テレビ電話で、社長から発表があった。

社長「今年選ばれたのは、『薬膳ミルクいちご餅』。温かいいちごミルクのスープに、餅とクルミとクコの実が入ったスイーツです。メニューを考えてくれたのは、商品企画第一部の中田稔さん。彼が企画にかかわったオーブンレンジ『ヘルシーキッチン』を使って作ります!」

社員たちが一斉に稔の方を見て、拍手喝采となった。

稔は真っ赤になって、一礼した。

甘味ミーティングが始まった。4人1組でグループになり、「今年度、頑張ったこと、心がけたこと」を話していく。それを聴いている同じグループの人が、いくつか質問をして、最後にその人を褒めまくるという甘~い時間だ。

稔は佑介と同じグループになった。トップバッターは稔だった。

「商品企画第一部の中田稔です。今年度頑張ったことは、生活家電に関するお客様の要望や課題を聴くために、ヒアリングを充実させたことです。勉強会や座談会、食事会など、社内、社外問わずあらゆるところに参加しましたが、記録したノートは50冊近くになりました。週末も人に会ったりしているので、お金はまったく貯まりませんでした(笑)」

それを聴いた同じグループの人が「へ~」と言いながら、質問を始めた。

グループの人「どんな人にヒアリングしたのですか?」
「一人暮らしの人、家族で暮らしている人、介護をしている人、育児中の人などいろいろです」
グループの人「どんな声が聴かれたのですか?」
「キーワードで言えば、時短と本物。家事の時間を短くする、もっと便利な家電が欲しいという声は根強いですね。それから、プロの味が家でも簡単に再現できるような調理器具が欲しいという声も多いです」
グループの人「どんな思いを持って、ヒアリングをしたのですか?」
「そうですね…。生活する人が、少しでも毎日が楽しくなったり、楽になるような家電を世の中に生み出していきたい。そんな思いを持って、皆さんの話を聴きました」
グループの人「生活する人の役に立つ家電を世の中に生み出したいという中田さんの気持ちが伝わってきました。素晴らしいです」
グループの人「ノートが50冊というのは驚きました。コツコツと情報を集める中田さんは、真面目な方なんだな…と思いました」

稔は真っ赤になりながら、「ありがとうございます」と笑った。

ここで、薬膳ミルクいちご餅が配られた。「おいしいね」「思ったよりさっぱりしているね」という声があちこちから聞こえてきた。

グループの人「じゃあ、今話した人の左隣の人が次に話しましょうか?」
佑介「はい。商品企画第二部の佐藤佑介です。今年度頑張ったことは…」

と言うと、佑介は黙ってしまった。

「佐藤さんは、昨年の4月に社会人になって、いろいろ頑張ってきたんだよね」と稔が助け舟を出したが、その後、佑介は一言も言葉を発しなかった。

(佐藤さん、どうしたんだろう…)

「甘味ミーティング」が終わった後、稔は佑介を追いかけて声をかけた。

「佐藤さん…どうした?」
佑介「…」
「もし言いづらかったら、またの機会に話そうか…」

そう言い、稔が行こうとすると、「中田さん」と佑介が呼びとめた。稔が振り返ると、佑介が話し始めた。

佑介「中田さんは見えないところで、すごく努力をしていたんだって初めて知って…」
「…」
佑介「自分はこの9か月間、何してきたんだろうって思って…」

稔は佑介の目をまっすぐ見つめて言った。

「佐藤さん、今年度頑張ったことを言えなかったのは、なぜかな?」
佑介「…」
「入社してから9か月間、いろいろ頑張ってきたよね」
佑介「…」
「ねえ佐藤さん…佐藤さんが自分自身に期待していたことって何?何が期待外れだったの?」

佑介はハッとした顔をして、うつむいた。

翌朝――。

稔は電車を降り、改札口に向かうと、佑介が白い息を吐きながら立っていることに気づいた。

「佐藤さん、おはよう。今日はずいぶん早いね」
佑介「中田さん、おはようございます。あの…あれから少し考えてみたんですが…」
「うん…」
佑介「昨日、中田さんから『自分自身に期待していることって何?』と聞かれて、気がついたんです。僕、中田さんと自分を比べていました…」
「…」
佑介「考えてみると、これまでずっと人と比べてきました。どちらの能力が上か下か、知識があるかないかで一喜一憂してきたんです。入社してからも、同期に対しても、先輩に対しても、そういう目で見ていたと思います」
「そうなんだね…」
佑介「でも、自分に期待することを聞かれて、自分の成長に焦点を当てれば良いんだと気づきました。改めて自分がどうしたいのか、どうありたいのか、少し考えてみたいと思います」
「佐藤さん、話してくれてありがとう。今話してくれた気づきこそが、佐藤さんの成長なんだと思うよ」

そう声をかけると、佑介は照れくさそうに笑った。

<終>

11ヶ月目に続く

【稔のOJTメモ】
 人との比較ではなく、自分と比較できるような問いを考える


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