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OJTトレーナーの「振り返り方」 第10話

OJTは単なるコミュニケーションではなく、その目的はあくまで育成であるが故に、トレーナーは様々なジレンマに向き合うことになります。本コラムでは新人トレーナーが葛藤に遭遇し、乗り越え、成長していく一年間のストーリーとしてOJTに対するヒントをまとめました。<目次>

ウィル・シードがOJTトレーナーに研修を行う中、ご質問が多い項目として「振り返る」があります。昨今では仕事内容や職場環境に多様性が生じ、新入社員の仕事も不確実性が増してます。新入社員であっても、自ら考えて経験学習サイクルを回せることが求められるようになりました。本コラムを通じて、新入社員の成長を促す「振り返り方」について考えていきたいと思います。

12ヶ月目:節目の振り返り<見出し表示>

【登場人物】
中田稔(25):総合電機メーカーの商品企画部に勤務。入社4年目。佑介のOJTトレーナー
佐藤佑介(24):商品企画部の新入社員。大学院卒。11月に商品企画第二部へ異動

【ストーリー】
会社の前にある歩道には、淡いピンク色をした桜が風で揺れていた。

佑介が入社して一年。間もなく、最後の振り返り面談の時期がやって来る。稔は、毎日書いた

「1行日記」を見ながら、どんな時間にすれば彼の未来につながるかをずっと考えていた。

(振り返り面談の大きな目的は「成長の見える化」だ。そのためには、いろいろな観点から振り返る問いが必要だな…)

稔は色画用紙を切り、1枚ずつ問いを書いた「振り返りカード」を作り始めた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・
この一年間で嬉しかったことは?
この一年間で辛かったことは?
この一年間で印象に残ったことは?
この一年、大事にしたことは?
どんな経験、取り組みをしたか?
どんな学びや気づきがあったか? 
どう意識や行動が変わったか?
目標に対する達成度合いは?
達成したこと、達成できなかったことは?
達成できた要因は何か?
達成できなかった要因は何か?
どのような成長をしたのか?
成長の実感値を数値で表すと?
改めてビジョンは何か?
次の目標は何か?
次の課題は何か?
そのための行動計画は?
・・・・・・・・・・・・・・・・・・

カードを作り終え、稔は大きく伸びをした。

振り返り面談の当日――。

稔が待つ会議室へ佑介がやってきた。

「佐藤さん、この振り返り面談では、この一年間取り組んだことや学んだことから、成長や課題を明らかにしていきます。最後は、ビジョンや目標を改めて設定できればと思っています。1時間集中してやりましょう」
佑介「はい」

稔はカラフルなカードをテーブルの上に並べた。

「今日は、カードを使って振り返りをしていきます。佐藤さん、ちょっと思い出してみて欲しいのですが、この一年間で嬉しかったことは何ですか?」
佑介「そうですね…商品開発部の大田主任を紹介していただいたことです。一度お話したいと思っていたので、すごく嬉しかったですね」
「大田主任、本当にステキな方ですよね。じゃあ、反対に、この一年間で辛かったことは?」
佑介「辛かったことはたくさんあるのですが…」
「…」
佑介「今だから言うと…初めは、商品企画部に配属されたことが一番辛かったです。会社の中では花形の部署ですが、なぜ大学院で研究をしてきた自分がここに配属されるのだろうと、ずっと思っていました」
「佐藤さんがそういう気持ちだったことは、初めから知っていましたよ」
佑介「えっ?」
「そんな中でも、毎日仕事に取り組んできたんですよね」

驚いた顔をした佑介に、稔は微笑み返した。

「じゃあ、この一年どんな経験、取り組みをしたか、体を使いながら時系列で追っていきましょうか? まずは、立ってもらっても良いですか?」 
佑介「あ…はい。体を使うんですね?」
「うん、ちょっとイメージして欲しいのですが、今立っている位置が去年の4月、この3メートル位先が今現在だと思ってください。少しずつ歩きながら、どんな経験、取り組みをしたかを振り返っていきます」
佑介「わかりました。4月は、新入社員研修を受けていました。名刺交換や電話応対、ビジネス文書の書き方など、社会人としての基本を学びました」
「じゃあ、一歩進んで5月に行きましょう。どんな経験をしましたか?」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

佑介は歩きながら一年間を振り返った。稔は佑介をねぎらい、問いを続けた。

「では、佐藤さん、この一年間どんな成長をしましたか?」
佑介「成長ですか…一番大きな成長は、実践や経験から学ぶ大切さを実感したことです」
「実践や経験から学ぶ、本当に大切ですよね」
佑介「はい。学生時代それなりに勉強をしてきたので知識の蓄積はありますし、本を読めば事足りると思っていました。でも、社会人になって、実際にお客様のところに足を運んだり、人の話を聞かないと得られない情報があることを痛感したんです」
「それは、本当に大きな成長ですよね」
佑介「はい」
「佐藤さん、一年間自分と向き合って仕事に取り組んでこられたと思います。そこに対して、心から拍手を送ります。目標の8割は達成していると思います。営業同行やエンドユーザーの訪問を通じて、商品の要望や課題をしっかりヒアリングできていますし、報告書のまとめ方もわかりやすくなりました。開発やマーケティング担当者と連携することにも取り組んできましたよね」
佑介「はい、ありがとうございます」
「ただ、営業担当者との信頼関係は、少し課題がありますね。お客様の情報はもちろん、営業担当者が何を大事にしているのかなどをしっかり聴くことが大事だと思います」
佑介「はい」
「それから、プレゼンをする時は、情報を詰め込みすぎない。人の心の動きにアンテナを立てながら、話すことを意識してください」
佑介「はい」
「佐藤さんの2年目が楽しみです」
佑介「ありがとうございます。中田さん実は…先程内示を受けたのですが、4月から希望していた商品開発部へ異動することになりました」
「そうなんだ! おめでとう!」
佑介「ありがとうございます。商品企画で学んだことを活かして、一歩先のくらしを提案する新たな商品を生み出していきたいと思います。これからも、ご指導よろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願いします。佐藤さん、よかったらお祝いに、今から花見でもしながら一杯どうですか?」
佑介「ぜひ!」

稔と佑介は花明りに誘われて、2人で祝いの宴へと向かっていった。

<終>

【稔のOJTメモ】
 一年間の振り返りをする時には、成長を実感できるような振り返りをす
  る


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