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学部・修士・博士における「研究」の違いから見た博士に進学する理由と注意点

あくまで個人の見解ですけど、落ちこぼれ博士だった私の中ではこんな感じ。

前置き

まず、ざっくりだけど、情報系の研究は以下のような作業から成り立っている。実験系だと、装置の使い方なども入ってくると思うが、情報系で必要となるプログラミングは学部1〜2年で学んでいるのでスキップ。

  1. 知識獲得:文献調査を通じて、過去にどんな研究がなされていたのかを網羅的に調べる。特に最新の動向を把握していないと、最後に学術的価値のない研究だね、と言われてしまう確率が高くなる。

  2. 課題発見:1で広く文献を読んだ後、興味のある分野はどんどん深堀りして論文を読み、どんな課題があるのかを探求する。世界初の取り組みだと感じた場合は、一度立ち止まって、先人がなぜそれをやってないか理由があるのではないかと考えるべし。だいたい有り得ない前提に立ってしまっている。

  3. 解決法の提案:1で広く文献を読んでいれば、別の分野で用いられていた手法を改良することで、2で発見した課題を解決することができることができるかもしれない。ただ、そう簡単に思いつくものではないので、ここが一番時間を要する。そして、1を疎かにしていると、思いついたアイデアは先人がとっくにやっているものだったりして、かけた時間が無に帰すことがある。

  4. 仮説検証:2のあと、すぐにプログラミングに走る人が多い。プログラムが完成した後に、その上で3を模索していくという方法も無きにしもあらず。しかし、仮説をしっかりと立てた上で、その検証という形で評価系を設計する方が好ましい。そうすれば収集しなければならないデータ量や分析に用いる手法を決めることができる。この部分は、プログラミング能力に依存し、プログラミング力が高ければ何サイクルも回せるが、低いと1サイクルで終わることもある。

  5. 発表:国内研究会、国際会議、論文誌といくつかのレベルがある。いずれにしても1〜4の内容をまとめて発表することには変わりないが、書き方やボリュームは大きく違う。トップ会議を狙うことも重要だが、個人的には研究活動のエビデンスを残していくという意味で発表することに意味があると考える。


学部

研究の仕方を学ぶ見習い期間

網羅的な文献調査をする時間がないため、1は省略して論文輪講などを通じて最新の論文を軸に、2を進める。指導教員によっては、2も省略して、最初から課題を指示する(リストを出して選べという先生もいる)こともある。3については、先輩や指導教員と相談しながら、まぁそこそこの落とし所を模索して、特定条件下であればうまくいくような仮説を立て、4に進む。ただし、有望な仮説であっても、プログラミング能力に見合わない(検証できない)可能性もある。チームで取り組んでいる場合や先輩から引き継いだ場合は、多少さじ加減は変わる。

良い結果は出なくても良い

もちろん、良い結果が出ることに越したことはないが、そもそも網羅的な文献調査を実施していないため、類似した研究や同じ課題に対してより良い性能を達成している研究があとから見つかることも往々にしてある。

研究のプロセスを学び、上記のようなことが起きた場合に、自分の提案と比較し、どこが同じで、どこが違って、どう性能が違って、今後どうすれば良いのかなどを分析できれば御の字。ついでに、学部1〜2年で習ったきり忘れかけていたプログラミングを実践で使うことで思い出してくれると吉。

学会発表は、半分旅行に行きたいくらいのモチベーションでOK。1年間やってきたこと、考えたこと、などを論理的、時間的に矛盾がない形で、文章としてまとめ上げるのは想像以上に大変。まずは、6〜8ページの研究会原稿で簡潔にまとめ、これを骨子として30ページを越える卒業論文を仕上げる。


修士

研究を楽しむ期間

学部で一通り研究の仕方を学んでいる前提なので、1〜5を自分の力で繰り返すことができる。そのため、学部時代の研究からテーマを変える人もいる。一方、学部時代の研究が順調に進んだ人は、5の中の国際会議や論文誌へと挑戦していく。ただし、M1は講義、インターンシップ、就活と、研究以外のことも多く、やや停滞気味。指導教員は、その過程でいろいろな知識やスキルを身につけてきてくれるであろうと、成長を期待して暖かく見守る。

基本に立ち返るのが重要

プログラミングが楽しくなってしまっているため、ついついまず作ってしまおうとなる傾向がある。ただ、学部時代にスキップした1の文献調査部分をめんどくさがらずにやれると、より良い成果につながるし、修士論文を書くのが楽になる。

学部の頃は、プロセスを学ぶだけで良しとしたが、修士としてはぜひ、国内会議で賞を獲ったり、メジャーな国際会議に採択されたり、という経験をして欲しい。そのためには、兎にも角にも、学術的新規性、が重要となる。先人たちの研究を網羅的に知っておけば、先人と被ったアイデアを思いつく可能性を下げることができる。

エビデンスを残す努力を

研究の良い点は、自分の歩んだ過程が記録として残っていく点である。ただし、発表をしない限り、そのエビデンスは残らない。研究者にならなくとも、自分の子供たちが親の名前でエゴサーチする時代に、ググって自分の名前が出てくるのは嬉しいものではないだろうか。

少なくとも大学に残る修士論文は、自身が過ごした2年間の集大成として最低でも50ページを超えるようなものになるはずである。全然書くことがなければ、それは修士で何もしなかったことを自ら証明しているようなものである。


博士

博士号の取得へ向けて

修士から1〜5を何サイクルも繰り返し、分野に対する網羅的知識が身につくとともに、一通りの研究は自分の力で回せるようになっているはずである。博士号の学位審査基準を満たすだけであれば、修士の延長線で済むだろうし、社会人博士として博士号だけを取りに来るというスタイルでも十分な気がする。

そのため、3年間、博士として過ごす意味はなんなのだろうか? と、頭のいい人ほど思ってしまうのではないだろうか。

自分の可能性を伸ばす重要かつ貴重な時間

博士を卒業したら、教員か企業研究者か、みたいな話が多いが、どちらも目指すこと無く、博士課程に進学した身からすると、博士課程は、自分の可能性を伸ばす時間、と考えている。

1〜5の過程を真面目に繰り返しておけば、調査能力、論理的な思考、仮説検証スキル、文章執筆、プレゼン資料作成、発表スキルなど、さまざまな面が鍛えられる。このスキルは、教員や研究者に限らず、どのような業界に行っても必要ではないだろうか。例えば、飲食店のマネージャーになったとしても、過去のキャンペーンについて調べ、地域の客層について調査し、仮説を立て、何らかの方法で検証し、上司や会社にプレゼンして表彰を受け、出世していく。

この多様なスキルを、「研究」という好きなことを通じて学んでいるに過ぎない、と考えるとどうだろう?無論、企業での仕事が好きであれば、同じことを企業で学べば良いのだけど、研究を通じて学べば、

  • 取り組んだ結果に、博士号という学位がついてくる

  • 取り組んだ過程(論文や賞)が、エビデンスとしてずっと記録される

というおまけが付いている感じ。学費は必要となるが、最近は奨学金も充実していて取得に必要な費用はタダみたいなものとも言える。

何を伸ばすかが重要

研究を通じて、1〜5を伸ばすことは可能であるが、それだけでは駄目であるという点が注意点である。博士の就職が悪いというような話は、一般化して語られることが多いが、「研究しかしてなかった」博士の就職は悪い、と考えもらったほうが良い。同じ3年間で、修士で就職した同期はもっと違う経験をしていると考えると、企業ではできない経験でアドバンテージを狙うくらいの気概が必要である。研究以外の経験で考えられるパターンをいくつか紹介する。

  • 留学:できれば長期の留学を経験して、海外の研究者とコラボし、研究の進め方を学べればこの上ない経験になる。また、滞在を通じて、日本の外から日本を見ると、キャリア感や文化の差を肌で感じることも貴重。修士卒の同期よりも英語くらいは勝りたいものである。なお、私は落ちこぼれだったので学生時代には海外に行くことができなかった(当時はCOEというものがあり優秀な博士はみんな海外派遣だったのに・・・)のだが、助教時代にフランスとドイツに留学してからは、教え子たちをせっせと海外に送り込んでいる。加えて、私自身も2017年に再度アメリカ留学を楽しんだ。

  • 共同研究:指導教員の方針にもよるが、企業との共同研究に参加することで、相手先とのコミュニケーションや、ラボ内でのチームマネジメントなど学ぶことが多く、就職した人と遜色ない経験となる。過去には、展示会を任せた学生が共同研究を持って帰ってきたということもある。

  • 後輩の指導:教えることで自分が完全に理解できなかった点が浮き彫りになってくる。博士卒が、修士卒3年目と同レベルで戦うには、後輩を育てる部分は、アドバンテージとしたいところ。1人でコツコツ研究型の人は特に意識的に鍛えておいたほうが良いくらい。

  • 予算獲得:奨学金はもちろん、留学費など、博士向けの支援は実は多く、私の指導学生は大半が月20万円程度の奨学金を獲っている。採択されて経済的な問題を解決することも重要だが、例えば学振にしても、申請書を書執筆すること自体に意味があり、その過程で研究計画がブラッシュアップされていく。

  • 他流試合への参加:未踏ソフトウェア創造事業は、私も学生の頃お世話になった制度で、知り合いの先生たちもよくよく話と未踏OBだったりする。他にも全国でアプリコンテスト、ビジネスコンテスト、プログラミングコンテスト(競技プログラミング)などが日々開催されており、参加しない手はない。

  • 起業:起業して一儲けという意味ではなく、マネーリテラシーを高めるための練習として、個人事業主として屋号を持って仕事をして青色確定申告をしてみる、くらいは博士の頃にやってみると良いと思う。あと、自分のスキルの市場価値を知る意味でも良い手段となる。例えば、適当なデモ動画を作る仕事がいくらくらいの仕事になるのか?スマホアプリの開発はいくらいの仕事になるのか?今後発注側に回るとしても知っておいて損はないし、就活のときに安価に自分を売る必要はない。また、商売をして身にしみるのが法律。私が専門とするIoT機器を製造販売しようとするだけでも、税金だけではなく、知財関係、電気用品安全法、電波法、製造物責任法など、様々な法律が関わってくる。

  • 長期旅行:あまりキャリアには関わらないが、博士進学した際、しなかった友達に対するアドバンテージとしては学生としてのびのびと遊べる部分だったりする。私も学生時代北米大陸を1ヶ月以上かけて周遊するバックパッカーの旅(2回!)や、イタリア半島を先っぽまで回る旅などにいった。北米では、日本からFAXで借りてたはずのレンタカーが借りられてなくて急遽グレイハウンドを予約して移動したり、NY到着翌日が例のテロで現場で巻き込まれるような体験をしたり、スマホのない時代に地球の歩き方1冊だけを頼りに旅をした経験はとても良い思い出になってるし、海外でもなんとかなるなという気分は味わえた

他者との違いを作ることが重要

いろいろな経験をして、スキルを伸ばして、一定の研究業績を挙げていれば、きっと就職は安泰なはず、と締めたいところであるが、残念ながらそうではない。

現在、大学で就職担当教員を務め、80社を超える会社の説明を聴き、75人の学生と何度も面談し、プロの就職コンサルタントと共同して支援しているが、やはり、「人と違うことに取り組んでいる学生」はすぐにわかるし、就職状況も良い。学部より修士の方が就職状況が良いというのもとても納得感がある。ESを見ても学部生は書くことがほとんどなく、部活と大学受験の両立みたいな話が多い。全国から多数の学生が申し込んでくる企業側にとって、こうしたありきたりなエピソードは、エントロピー0(情報価値ゼロ)に等しいだろうと思うが、それも気付けないという状況である。一方、修士の中でも、研究をしっかりやっている学生は書いていることにオリジナリティがあり、違いがはっきりと分かる(残念ながら、修士でも、時が止まったように昔の話を書いている学生もいる)。

では、より研究をした博士はもっと良いのでは?と思われるかもしれないがそうではない。就職は応募者の中の相対評価と考えると、他の候補も同様に博士なので、博士として当然のスキルや業績は、エントロピーが低くなる。そう考えると、どこを伸ばすかという部分において、何を伸ばすと、自分の唯一性が際立ち、相対評価時のエントロピー高くなるか戦略的に考えることが重要になる。

正攻法であり王道であるのは、CVPRのような超難関会議やトップジャーナルに通すことであるが、そう簡単ではない。では、どうするか?この部分は、それぞれの得手不得手や過去の経験に照らし合わせて、自分で考えるしかない。自分で考えるからこそ、他者と違う部分になるのである。もちろん、正攻法で難関に挑み続けるというのも素晴らしい選択であり否定するものではなく、応援したい。ただ、ここで言いたいのはそれ以外の選択も存在するということと、トップ会議に通しているからといって必ずしも大成するわけではないということである。


最後に

私自身、褒められた博士とは言えず、ベンチャー起業に明け暮れて、落第すれすれで博士号をいただいた身分なので、我ながら偉そうなことを書いているなと思うが、取得後15年経過した振り返り、また、現在の指導学生に対する想いと思っていただければ幸いである。

なお、『他者との違い』、私の場合は、修士〜博士時代に研究とは別に、ソフトウェア開発で起業に関わっていたことで、30歳を機に研究分野を大きく変える(光通信→ソフトウェア工学)ことに繋がった。さらに、スマホアプリ黎明期に、助教でありながら、国内外のアプリコンテストに出まくって賞を取っていたのは、他の先生に直球で勝てないなら途中出場の私は変化球で違い作るという戦略からである(ただ当時はそんな暇があったら論文をかけと口酸っぱく言われていた)。その後も、アプリだけはなく、新しいセンサ等ハードウェア系を絡めた研究で、他のソフトウェア工学な方との違いを出そうとしていた。そうするとIoTブームという追い風が吹いて、想定外に楽しい時代がやってきた。一方、ブームになるとまた違いを作らないといけないということで、2014年くらいに心理学や行動経済学も絡めた行動変容に関する研究をスタート。手探りが続いたがコロナやSDGsの文脈で2020年頃からお仕事急増、という感じである。研究面でパッとしない博士からスタートしたことで、人との違いを意識し続ける15年となったが、結果的にはそれがよかったのではないかという気がしている。

ガッツリ濃密な3年間を過ごし、人と違う博士を目指したい人をお待ちしています(普通に博士号を目指す方をお断りするものではありません)。

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