メンタルヘルスに効く米津玄師
以前、残業100時間超がデフォルトのブラック広告代理店に勤務していた頃、申し訳程度のメンタルヘルス研修を受けた。内容はほとんど覚えていないが、人間の精神状態をプロットしたチャートが今でも強く印象に残っている。
おぼろげな記憶で調べた結果、定かではないがこの本が出典元だったんじゃないかと思う。
このチャートは「成功と幸せのための4つのエネルギー管理術」より筆者が簡単にまとめたものだ。
縦軸はエネルギー量、横軸は快か?不快か?の気分を表している。ビジネス研修なので当然、右上のポジティブ且つエネルギーに満ち溢れている状態を目指すべきだと指導された。
例えば、仕事で自分のせいではないトラブルに見舞われた時のメンタルを想像してみよう。
【1】右上
何とかトラブルを最小限に抑え、対処策を考えすぐに実行に移す
【2】右下
起きてしまったことは仕方ないとジタバタせずに諦める
【3】左上
何でこんな目に合わなきゃならないんだ!と苛立ち当たり散らす
【4】右下
自分の不運を嘆き、もしや自分のせいなんじゃ?と落ち込む
いつでも【1】の対応ができるのが一流のプロであることは言うまでもない。名実とも絶頂期に肘の怪我に見舞われた大谷翔平が、ザワつくマスコミや世間をよそに、とっとと手術を受け黙々とトレーニングに励む様は【1】の頂点と言える。
決して悲観的にならず「ま、なんとかなるさ」とノンビリ構える【2】も精神衛生上は好ましいが、仕事となればなるべく早くエネルギーを右上方向にシフトしないと取り返しがつかなくなる危険性も。
実際、自分も含め周りにウジャウジャいるのが【3】や【4】のタイプではないだろうか。
エネルギーが高くても低くてもネガティブな気分に支配されていると物事は決していい方には進まない。そんなことは百も承知でも時にどうにもならなくなるのが人間の心。だが、それをコントロールすることが成功の条件だと言うわけだ。
すべての状況に寄り添う米津玄師の歌
前置きが長くなったが、100曲にも及ぶ米津玄師の多彩な楽曲は【1】〜【4】まで、いかなる心模様も決して否定することなく表現し、受け止め、寄り添っていると思う。
つまり、ビジネス研修のように常に【1】のハイエナジー&ポジティブを目指せ!ではなく、ダラダラする心地よさも、ふつふつと湧いてくる怒りや不安も、何もかも投げ出したくなるような絶望もすべて歌に昇華している。
もちろん直接的な歌詞だけでなく、サウンドや声にもリスナーを鼓舞したり、逆に地の底にまで突き落とすような引力がある。あくまでの筆者の主観だが、前述のチャートにざっとプロットしてみた。
まだまだプロットしたい曲は多々あるが、意外にも?【1】のハイエナジー&ポジティブな曲が多い印象だ。
ネガティブワードで自分たちの現状を憂いたり嘆いたり怒ったりしていても最終的には「でもまぁ、やったろうぜ!」と若干ヤケクソ気味の激励が潜んでいる。それはあからさまに明るいエールではなく、必死に探し当てた唯一の突破口を蹴破るクソ度胸を奮い立たせているようだ。
「Loser」なんてその典型だろう。散々自分は負け犬だと卑下しまくっても最終的にはこう繰り返す。
【2】のローエナジー&ポジティブなのは、まあ、このままでいいじゃん的なテキトーさと赦しが共存しているように思う。ある意味、平和な優しさ領域だ。ダメな自分も退屈な日常も包容し慈しむことは、もしかしたら闇雲に頑張ることより大切かもしれない。
さて、ビジネス研修ではNGとされる【3】【4】の状況だが…。
どうだろう?
こんなにも多くの曲がこれらの心情から生まれているではないか。
怒り・不安・悲しみ・寂しさ・自己嫌悪・焦り・不満・恐怖・孤独・恥・・・・そして絶望と悪意。ネガティブだと毛嫌いされ、常に排除すべきと正される昏い目をした感情。
ネガティブ感情がない米津玄師の歌なんて想像すらできない。
他者から受けた傷、内部から湧き上がるコンプレックス、怒り、消えることのない痛みがなかったら米津玄師は数々の名曲を作れただろうか?
もっと言えば、この世に芸術なんて生まれただろうか?
先日放送されたNHK「プロフェッショナル仕事の流儀」で盟友でありライバルであり師匠でもあった高畑勲の死に触れた宮崎駿の言葉がずっと心に突き刺さっている。
あまりにも大きな喪失感に打ちのめされた心に密かに巣食う微細な悪意、嫉妬、安堵、それらを包括する狂おしいほどの愛、こんなにも複雑で何層にも入り組んだ人間の感情だけが芸術を生み出すのだとしみじみ思った。
楽しく幸せに生きるためには当然【1】を目指し、時々は【2】のようにリラックスするのが正解なのだろう。何かを達成するためにメンタルコントロール術を習得するのは悪くない。
すべての成功者は運と才能だけではなく、必死にもがきながら迷いながら、強い意思と決して諦めない高いモチベーションを維持しているに違いない。米津玄師だってきっとそうだ。
ネガティブな感情を「悪」だと恐れ嫌い逃げ回るより、イヤなことがあったら思いっきりどん底まで落ち込んで、その後フツフツと怒りを滾らせ、悲しみと怒りを原動力にガンガン突き進み、疲れたら「ま、いっか」とダラッとリラックスする…。
そんなサイクルで「転んでもタダでは起きない」メンタルタフネスを鍛えられたらいいのにと思う。喜怒哀楽すべての感情が尊いのだから。どんな気持ちにも寄り添ってくれる米津玄師の歌とともにね。
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