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calico's moon 「流浪の月」

2020年本屋大賞受賞作
凪良ゆうさん「流浪の月」
図書館での予約待ち順番がようやくきて、読了。

昨年の本屋大賞ノミネート作品では、砥上裕將さん「線は僕を描く」、小川糸さん「ライオンのおやつ」を読み、この両作品は、私の中で忘れられない作品になったため、それらを超える大賞作品が、どのようなものなのか興味津々であった。

ちなみに、2019年本屋大賞作品の、瀬尾まいこさん「そして、バトンは渡された」は、文句なく私の好みだった。

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読後感を記する時、学校の試験でない限りは、あらすじは不要と思っているので省くことに。
でも、今後の記述にはネタバレに通じる内容があるので、その点のご配慮をお願いいたします。

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読書ノートのための付箋

少々余談だけれど、作品を読んで、うわ!すごいと感動し、これは絶対に忘れない!とその時は思っても、月日が経つと、あれよあれよと詳細を忘れ、ああ、あの作品はよかったよ。でも、どこがよかったっけ? という歳にとうとうなってしまった。

これはすこぶる残念で情けないこと。
なので、昨年からノートにメモることにした。
感想を書くのが恐らく一番なのだろうけれど、それはちょっと私的に面倒で。
結局、長く続けられそうな方法として、読んでいる最中に、おおっ!と思った行の上部に付箋を貼り、読後、ノートにそのページと文章をそのまま書き写すことに。

これは、それぞれの作家さんの味がそのまま残るため、その作品の生きている感じを思い出すことができ、同時に、その文章を読んだときの自分の感情が蘇る。
小さな一部で大きな全体を思い出せる自分なりの方法だ。

付箋の付かない一章~三章

さて、待ってましたとばかりに、「流浪の月」を読み始めたものの付箋はなかなか付かなかった。
もうこの作品には付けられないかな、と思ったほどだった。

ページ数にしたら全体の9/10ほどにもなる、第一章から第三章までの、少女及び彼女のはなしは、それはもう勢いがあり、ドラマチックであり、読者は、目を背けつつも、つい先に進みたくなる展開。
サスペンス小説に匹敵かもしれないわしづかみ感。
やはり大したものだと思った。
特に、若い方々の図星感は相当なのではないかと。

ただ、私は個人的に好きにはなれなかった。
後に文章内にも記述が出てくるけれど、『善意も悪意も混ざり合って流れる川』(p.311)を、性的DVや、痛みのDV、性的障害を題材にせずとも表現できないものかと都度感じたからだ。

また、実際に言葉を目で追っていて、キツイ思いをする場合もあるのではないかと、心配にもなったり。
どうか、自らの経験に深く合わせてしまわないようになどと、危惧したり。
これを本屋大賞に選ぶということは、相当な覚悟がいったのではないか?
と思ったり。

付箋の付いた四章~終章

だけれども、313ページ中の288ページ目の最初の行の上部に1枚付いてからは、次々と進み、結局10枚ほどの付箋になった。

特に四章と終章の、彼のはなしについては、それまでの流れと異なり、ぐっと捉えられる言葉が並んだ。

植物好きの私には、洒落た一軒家のシンボルツリーになるトリネコの木の様子は、手に取るようにわかる。
文の母親の様子さえも目に見えるほどだ。

文中、数度繰り返され、終章で最後に再びの出番がきた『事実と真実はちがう』(p.309)というフレーズ。
これが、恐らくこの小説の主題であろう。

世間に公になった「事実」。
その事実は、あくまでも正しい事実であり、当事者も認めざる得ない。
だけれども、その当事者だけが知っている「真実」がある。

このことは、法律が裁く事件だけではなく、私たちの身の回り、そう、学校、仕事場、あるいは家庭の中にさえにもあり得ることだ。

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わたしと文の関係を表す適切な、世間が納得する名前はなにもない。』
(P.301)
このフレーズも、何度か繰り返されている。

そうね、お互いに必要としてはいるけれど、婚姻関係ではないから、夫婦ではない。
本当の愛情に満ち溢れているのかもしれないけれど、肉体関係を要求しあえないから、世間でいう恋人の括りではない。
友人としては、求めあうものと心の繋がりが深すぎる。
という感じだものね。

でもね、夫婦とか、恋人とか、友人とか、婚約者とか、彼とか、彼女とか、そんな世間を相手にした、とりあえずの呼び名である名前って本当に意味あるのかしら?
そんな名前を持っている連れ同士であったって、いくらでも危うい関係だったり、儚い関係だったり、完全に壊れている場合だってある。
「世間の体裁を整える事実と真実はちがう」と私は、思うけれどな。

凪良さんに、やられた、と思ったこと

そんなこんななことを、ノートに付箋が付いた文章を写しながら妄想していたわけだけれど、この物語で、一番私が感動、いや、ショック?、いや、くっそぉ~、やられたぁと悔しい思いをしたのが、四章の『店の名前は『calico』にした。』(p.293)だ。

私はもともと、文章を読んでいて、知らない言葉、名前、或いは、なんとなくわかるけれど確信がもてない単語がでてくると、即座に調べる方だ。
うやむやにしたまま先に進めない、やっかいな質である。

だから、一章の初めから『ナパージュ』も、二章では『カータブル』も、三章では『スカリーワグ』を調べた。
(スカリーワグというスコッチウイスキーを知らなかったのも、のんべえの私としては少々悔しかった。)

だけれども、私は、肝心かなめな喫茶店の名前『calico』には注意を払わなかったのだ!!!
なんてこった、calico → キャリコ、キャラコ、って、布じゃないかぁ。
木綿の更紗だよねぇ。。

先に記した、一章から三章の、勢いのあるドラマチックな展開についつい乗ってしまい、縦書きの中の横書き英語『calico』を、単なる可愛げのある固有名詞だけと思ってしまったのだ。

そこで気が付いて、更紗に繋げられたら、私は凪良さんの罠にはまらず、ドキドキもせず余裕をもって最後まで読み終えられたのに。(そうだったら、逆につまらない読書にもなったけれど)

月はどこに?

タイトル「流浪の月」、月は何の象徴なのか。

『すごいスピードで進んでいくので、月の位置すらあっという間にかわっていく』(p.312)
月は、唯一最終行から6行手前に出てくるのみだ。

流浪の月、さまよう月。
あるかどうかもわからない安住の地を求めてさまよう二人。
決めるのは更紗。『俺はついていくだけだから』(p.9)

『どこへ流れていこうと、ぼくはもう、ひとりではないのだから』
(p.313 最終行)

The wondering moon is his calico's moon.

更紗ちゃん、あなたもひとりじゃないね。
よかったよ。

     ・・・・・ end ・・・・・

タイトル画像:黒猫とヴァイオリンに見つめられる「流浪の月」。

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