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春ピリカグランプリ応募作品

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2023年・春ピリカグランプリ応募作品マガジンです。
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#小説

ひとしずくの指の言葉。

繁華街を歩いていた。 小学生だったわたしは、祖父の皺いっぱいの掌の中でぬくぬくとしていた。 時々その中で指を動かしたりずらしたりしてみせる。 そのどの指の形にも祖父は対応してくれた。逃れようとする親指を祖父の人差し指と中指がすぐさま捉えるとわたしを説き伏せるのだ、無言の指で。その度に尿意とは別の何かを感じる。それが心地いいのか悪いのかもよくわからないけれどその現象が嫌いではなかった。 商店街から漂っている縄のれんの向こうからは、コリアンダーのスパイスの香りが、畳屋からは青

【春ピリカ】(テケテテン)せかいふぃんが~さみっと~~~(ポワンポワンポワワワ~ン)【ショートショート】

世界フィンガーサミットは煮詰まっていた。 Next Generation Finger、通称NGF。 キミも知っているだろう。 そう。我々は次世代指を決める為、ここに終結したのだッ…!! 機械指族が誇らしげに実演に入る。 腰をいわした模様だ。会場から失笑が漏れる。やはりな。機械指族は、その指に身体が付いていけないッ…!!機械指族長は左右を抱えられ、悲し気に退場した。 次は食糧指族か。初見だが、噂は予てから。 植物指族の子がステージに上がる。食糧指族長の手先のフライド

掌篇小説『夜の指』

仮名や英字、奇妙な図形や流線が節操ない色で光り踊る、夜。 郁にすれば、異星の街。 その店の硝子扉をひらく。 幾何学模様のモザイク壁、艶めく橙の革椅子……最奥には、ピアノ。 客はスーツの膨らんだ男ばかり。煙草と酒に澱む彼等には、乳白の地にあわく杜若の咲く袷を着た清らな訪問者は、それこそ異星人に映ったろう。 店にもう独り、又別の星からの女。 ピアノに撓だれる歌。数多のカラーピンで纏められた要塞の如き黒髪、ゴールドのコンタクトの眼、裸より淫靡なスパンコールドレス…… ……そし

指紋(ショート)

 数十年ぶりに刑務所から出ると世の中は様変わりしていた。  車が空を飛んでいたり、アンドロイドが普通に歩いていたりして唖然とする。 「おつとめご苦労さん。」  門の前で古い友人が待っていた。 「とんでもねえ世の中だな。」 「こんなん序の口よ。まずは飯でも食おう。」  無人運転のバスに乗り込む直前、友人が青白く光る小さなモニターに手のひらをかざすと「ピポン」と軽快な音がした。新時代のマナーか何かかと思ってまねすると、けたたましくブザーが鳴った。 「何なんだこれは。」 「そうか。

『着脱式』 1196字

ある朝 目覚まし時計を止めようと、ボタンを押したが鳴り止まない。 (壊れた?) 僕はすぐに「異変」に気が付いた。 (指が……無い!?) が、痛みや流血などは無く、断面は滑らかだ。 目の端が何か動くものを捉えた。 指だ! それは布団の上で、楽しげにジャンプしているではないか。 (おいおい、嘘だろ……) 「おい指、戻ってこい!今から出勤なんだ」 すると、指はピョーンと、あるべき場所に戻ってきた。 その後も異変は続き…… 今や全ての指が外れて、勝手に動き回るようになっ

【春ピリカ応募】まだ知らない色

月曜の朝、指先が、薄紫色だった。 「綿貫さん」 隣の席から呼びかけられる。 「すいません、ここ教えてもらっていいですか。いただいた資料にはこう書いてあるんですけど…」 花井くんは、4月に中途採用で入社してきた。 真面目で物静かで、私の説明も真剣に聞いてくれる。 「あ、この場合はちょっと特別だから、一緒にやってみようか」 花井くんが指示通りぱちぱちと、キーを叩く。 長くて華奢な指。 黒いキーボードの上で、薄紫の爪がリズムよく跳ねる。 …だめだめ、ちゃんとモニターを見

【ショートショート】指先

 喫茶店の窓から外を眺めていた。  コーヒーはすっかり冷めてしまった。  電柱があり、女性がそのそばに立った。彼女も待ち合わせだろうか。  ふと、その手に目がいった。正確には指先、爪だ。  やたらとカラフルなのである。十本の爪ぜんぶに違った色を塗っている。  右手の親指は赤、左手の親指は黄色。  そのうち、相手らしき男性があらわれた。彼も爪に派手なマニキュアをしている。  私は自分の素の爪を眺めた。  会社の同僚、田原マチ子があらわれた。 「遅れてごめーん」 「いつものことだ

恋文を読む人|掌編小説(#春ピリカグランプリ2023)

「あの人、ラブレター読んでる」  オープンテラスのカフェで、向かいに座っている妻が突然言い出した。僕の肩越しに誰かを見ているようだ。 「あー振り向いちゃダメ! 気付かれるから!」  90度動かした首を再び正面――妻の方へと向ける。 「なんでラブレターって分かるの?」 「人差し指でこう……文字をなぞるように読んでるの。横にね。私も昔、ああいう風に読んでたから」 「ラブレターを?」 「そう」  一瞬、「いつ、誰からもらったんだ?」と嫉妬の念に駆られたが、とりあえず耐える

ひみつのともだち

5年生に上がり、3度目のクラス替えがあった。 まりかとひなこは家が近所同士だったこともありお互い顔を見知っていたが、同じクラスになることは一度もなかった。 それが今年、一緒になった。しかも、机も前と後ろの近所同士。ひなこが前、まりかが後ろだ。 まりかはひなこのことを心配していた。 毎日学校指定ジャージを着ているし、髪の毛は寝癖を何日も放置したようにボサボサしていて、お世辞にも身だしなみはかなり乱れていた。そのくせ振る舞いはぶりっ子じみている。あまりにも見るに堪えなくて、クラ

🎖️ ピリカグランプリ すまスパ賞|ショートショート|誰モガ・フィンガー・オン・ユア・トリガー

「私がピストルの引金を引くのは上司に頼まれたからなの。決して私自身が好き好んでではなく……」と彼女は呟き、静かに水を飲んだ。 「それが役割ですから」と僕は返したが、自分でも気の利かない発言だなと思いゲンナリした。それで慌てて付け加えた。「あなたのおかげで静止した世界が動き出すんです。その先には喜びも悲しみもあるけれど、それはあなたのせいじゃない。まずは誇りを持たないと」  彼女と僕は仕事仲間だ。だから彼女の苦悩も分かるつもり。上からの指示をこなす日々に嫌気がさすこともある。

小さな巨人 【春ピリカ】

双子が家出をした。 いなくなってからもう三日になる。 けれどすぐに探すことはしなかった。 それは、双子なんかいなくても なんとかなるだろうと思っていたから。 双子が家出してからの僕は、ふらふら、ゴツン。 転んでばかりいる。 何で急にバランスがとれなくなったのか? ゴンっ。いてっ。 一体何なんだ。うまく歩けやしない。 思えばこれは双子がいなくなってからだ。 僕はよく足の小指を馬鹿にしていた。 重要性が低いくせによくぶつけるのだから腹が立つ。 つい最近もまた僕はいつものよう

フィルハーモニックの指

加賀田は大阪府の南東にある河内長野市に来ていた。河内長野の隣にある富田林市の金剛ニュータウンで生まれ育ち、中学3年の夏に親の仕事の関係で関東に引っ越しをしてからは、名古屋の中学に転校後、高校、大学に進学した。だが就職活動が思うようにいかず、結局、親戚のツテを利用する羽目になり、河内長野市にある企業に就職した。 「就職は希望通りではなかったが、面白い活動ができそうだ」加賀田は幼いころから親の勧めである弦楽器の演奏をしていた。最初は嫌嫌だったが、やがて指を巧みに操作して奏でる弦

あなたの魔法 #ショートショート(1200字)

『20XX年5月10日。世界は白い光に包まれ、人類は滅びるであろう。』 大昔の有名な占い師が予言したという『終わりの日』が近付いてきた今。世間は隕石が落下するとか、核兵器が暴発するとかの話題で持ちきりだ。 「ねぇ、本当に世界は終わっちゃうと思う?」 星空の下、幼なじみのハルが僕に尋ねる。 現在5月9日23時50分。終わりの日になるまであと10分を切った。 「夜中に呼び出してきたと思ったら……。それかよ」 僕がため息をつくと、ハルが大きな声で提案してきた。 「あのさ

貸し出し中?いえいえ、予約中です。(小説)

中学の卒業式の日。進学をきっかけに好きな人と離れることになり、私は告白をしようとした。けど待ち伏せた場所に彼は来なかった。公園でベンチに座って俯いていると、ランドセルを背負った男の子が目の前に立った。 「みーちゃん大丈夫?お兄ちゃんが何かした?」 「ゆうくん」 思わず私は苦笑する。 「かなとに会えなかった」 「うちに来ればいいじゃん」 「それじゃ意味がないっていうか」 「何それ」 ゆうくんはかなとの弟だ。そして私がかなとのことを好きだということをいち早く見抜いた。バレ