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夏ピリカグランプリ応募作品(全138作品)

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2022年・夏ピリカグランプリ応募作品マガジンです。 (募集締め切りましたので、作品順序をマガジン収録順へと変更いたしました)
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#眠れない夜に

短編小説 | 水鏡

 かつて、水にうつった自分の姿を見て、惚れてしまったナルシスという人物がいたという。 「おお、なんて美しいのだ。わたしはあなたのことを愛してしまいました」 そして、そのまま、水の中に入っていって死んでしまったという。 「それって神話だろ。そんな奴は実際にはいないだろう」 「いや、それがそうでもないらしいんだよ。とある統計によれば、少なくても今までに158人が、ナルシスと同じ死に方をしたらしいぜ。ぼくの知っている秘密の蓮池で」 「とある統計ってどこの統計だよ?だいたい、その蓮

マイナンバーミラー【掌編小説】

僕らに与えられた鏡の破片。 それは、長い時間をかけて川底で円磨された小石のように、歴史とアイデンティティを感じさせる。 円形や角がとれた多角形など同じものは一つとしてなく、ジグソーパズルのピースのように、それぞれ役割と繋がりをもつ。 鏡の破片(通称マイミラー)は、出生の届出と引き換えに交付されるのだが、実際には、ICチップ内蔵のマイナンバーミラーカードに情報が書き込まれ、現物は日本銀行の貸金庫に収納する。引き出しは自由だが、紛失や破損をしても再発行はできない。 マイナ

鏡の中のボレロ 【物語】

 踊り部の夏合宿に部員でもない僕が駆り出された理由はよくわからんが、親友の渡が熱心に誘ってきたので参加している。 「おまえ、自覚ないのか?」 「何のことだ?」 「おまえはな、片足に重心かけているだけで絵になる男なんだよ!」  パンパンッと部長である彼が手を叩くと、爪先立ちでスススと男子部員五名が集まってきた。 「踊り部の精鋭達よ! この鏡館は圧巻だろう」 「まさに、我々の求めていた環境です」  渡が「うむ」と満足げに頷く。 「踊り部が目指す美しいポージングを極めるの

視線の先|#夏ピリカ応募

 山形から東京の高校に転校した初日から、僕の視線の先は彼女にあった。  一番前の席で彼女は、僕が黒板の前で行った自己紹介には目もくれず、折り畳み式の手鏡を持ち、真剣な顔で前髪を直していた。そのことが気になって、彼女の様子を観察してみる。休み時間になる度、彼女は不器用そうに手鏡を開く。自分の顔と向き合い、たまに前髪を直す。何度か鏡の中の彼女と目が合ったような気がする。鋭い目つきで少し怖い。隣の席のクラスメイトに「彼女はいつも手鏡を見てるのか」と訊くと、バツが悪そうに「分からな

『家族写真』

お母さん、今までありがとう。 あらためてこんなこと言うの、少し恥ずかしいな。 でも、やっぱり、ありがとう。 お母さんの口ぐせは、 「身だしなみは大丈夫?」 だったね。 私が子供の頃から、お母さんは言ってた。 小学校に通うようになってからは、毎朝、言ってたよ。 そして、あわてて出かけようとする私を引き止めて、髪の乱れや、帽子の傾きなんかをなおしてくれた。 ハンカチも毎日取り替えてくれた。 お父さんが家族の写真を撮る時にも、「少し待って」って言って私の身だしなみを整えてくれ

「護り鏡《まもりがみ》。」/ショートストーリー#夏ピリカ

「白崎奈津子様から鏡の修復を依頼されております。」 祖母の一周忌の夜にかかってきた声はわたしにそう告げた。 亡くなった祖母はわたしを可愛がってくれた。 他にいる孫の誰よりも。 祖母は言ったことがある。 「あなたは私に似ているわ。」 短髪で男の子と間違われる振る舞いのわたしのどこが、たおやかな祖母と似ていると思ったのか。 今思い出しても年下の従妹の方が何十倍も祖母に近しい。 その祖母の形見にと、もらったのが鏡。 不思議な文様と綺麗な石がいくつか嵌め込まれていて、わたしがい

ボクは鏡に映らない【ショートショート・1184字】

「あっちへお行き、鏡に映らない子」  今日もママが、ボクに触れることはなかった。ボクはママに嫌われている。美しい兄さまや姉さまたちと違ってボクが、鏡に映らない子だから。城中の鏡という鏡はすべて覗いた。ボクはどこにもいない。夜が明ければ違うかも、と毎朝いちばんに手鏡を見る。やっぱりボクはいないけど、それでもママに毎日会いに行く。もしかしたら、と思うから。  ボクはただ、ママに頭を撫でてもらいたかった。一度だけでいいから。手鏡を見つめながら、ボクはポロポロと涙をこぼす。涙が、鏡に

【ショートショート】あなた売ります

 次郎と香織は中央ストリートを歩いている。  ふと香織が立ち止まった。 「ねえ、大きな鏡!」  呼ばれて、次郎もウインドウの中を見た。カップルが、店内を覗き込んでいる。鏡だと思ったのは、大きな液晶ディスプレイだった。  看板には「あなた売ります」とある。 「入ってみよう」  店員が笑顔で「いらっしゃいませ」と言って、ディスプレイの映像を少し戻した。店を覗き込んでいるふたりの姿が映った。  次郎の下には「五十三万三千円」、香織の下には「百八万五千円」という値段が表示される。 「