「護り鏡《まもりがみ》。」/ショートストーリー#夏ピリカ
「白崎奈津子様から鏡の修復を依頼されております。」
祖母の一周忌の夜にかかってきた声はわたしにそう告げた。
亡くなった祖母はわたしを可愛がってくれた。
他にいる孫の誰よりも。
祖母は言ったことがある。
「あなたは私に似ているわ。」
短髪で男の子と間違われる振る舞いのわたしのどこが、たおやかな祖母と似ていると思ったのか。
今思い出しても年下の従妹の方が何十倍も祖母に近しい。
その祖母の形見にと、もらったのが鏡。
不思議な文様と綺麗な石がいくつか嵌め込まれていて、わたしがいつも日常で使っている鏡とは比べようもなかった。
その鏡をながめていたその時に彼女から連絡があったのだ。
「一度、鏡を拝見させてください。」
わたしは彼女と会うことにした。
指定されたのはわたしでも知っている美術館の併設カフェ。
そのひとは、祖母と雰囲気が似ていた。
「本業はこちらです。」
と渡された名刺にはその美術館の学芸員とあった。
「鏡の方は副業です。」
知性の香りがする笑顔で彼女は自己紹介をした。
「この鏡は古いのですがとても良い鏡です。装飾も美しい。問題なのはひとつ石が外れていることと鏡面が曇っていること。やはり、修復が必要ですね。」
「でも。あまり高額だと支払いが。」
「費用については白崎様から生前にいただいております。」
本当に鏡を修復すべきなのかと考えあぐねていたら、彼女が唐突に質問してきた。
「鏡の事、知っていらっしゃいますか。」
わたしは自分の姿形を映す以外の何があるのかと思ったが口には出せなかった。
「持ち主次第ですが。鏡はね。」
「真実を映したり、偽りを映したり。聖なるものであり、邪なるもの。
取り込むものであり、はね返すもの。異世界への出入り口。」
「そして。持ち主だけの特別な鏡は存在します。」
彼女の言葉は呪文のように聞こえて、わたしは上手く話せない。
「あなたの鏡になるように修復いたしますから、お任せくださいませんか。」
あなたの鏡になると言う言葉に心惹かれて、わたしは承諾した。
半年が経った頃、鏡の修復が終わりましたと連絡が入った。
「いかがですか?」
祖母の鏡はすっかり形を変えて手鏡になっていた。
文様はそのままで、石がひとつの手鏡。
鏡が自分でも見たことがない笑顔を映したので驚いた。
本当は鏡なんてどうでもよかった。
色んな人間関係がうまくいかず追いつめられていた。
相談できるのは祖母だけ。
祖母が亡くなってからは、何かに生気が奪われていくような日々。
鏡に映るわたしはどんどん表情が消えていき、祖母がいてくれたらと泣いた。
ああ。
この鏡のわたしはなんて生き生きと笑えるの。
胸の奥で命が煌々と輝きだしたのがわかる。
あのお嬢さんは悪しきモノに魅入られやすい。
だけど、護り鏡があれば大丈夫。
奈津子様も同じだったわね。
私って。
人間の花のような笑顔をみるのが好きなの。
まだ。
鏡の向こう側には戻れないわね。
人間ではない存在もまた花のように微笑んだ。
1200文字
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