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夏ピリカグランプリ応募作品(全138作品)

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2022年・夏ピリカグランプリ応募作品マガジンです。 (募集締め切りましたので、作品順序をマガジン収録順へと変更いたしました)
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#夏ピリカ

映し鏡【ショートショート】#夏ピリカ応募作品

「…なんだ?」 乗っていたエレベーターが突然停止した。 「クソッ、ふざけんな!」 非常ボタンを押しても何も反応が無い。 その日、海老原正男は派遣アルバイトで、ビル警備の夜間勤務中だった。 警備と言っても23時には全ての階の従業員が退勤し、仕事と言えば清掃業者の受け入れくらいだ。後は寝てたって怒られやしない。 それなのに、今夜に限ってこの仕打ちだ。薄暗い個室に一人。生憎なことに携帯の電波も届かない。外と繋がりは今、ゼロだ。 「なんなんだ、くそったれ!」 腹が立って後ろ

ルージュの伝言 《夏ピリカグランプリ》

「ルージュの伝言って知ってる?」 さっきまで全然違う話で笑っていたウタが、唐突に言った。 「松任谷由実の?」 「それ。彼の家で実際やってきた」 ウタは、ふふと笑いながら冷めたコーヒーを啜ると 「これでお別れ、スッキリ!」 そう言って両手のひらを合わせて、幸せ!みたいな顔をした。 「え、何、ケンカ?ケーヤンと?」 「ケーヤン、ふふ」 「中学からずっとそう呼んでるから!それより、ルージュの伝言って?」 「バスルームに、まぁ洗面所の鏡だけど、口紅で伝言をね、さよならって書いて

「子供の瞳の輝きの由来」#夏ピリカ応募作

 鏡原は太古より鏡が捨てられた土地の名である。捨てられた鏡同士は繋がり、交接し、増殖した。  鏡の製法は大別すると三種類ある。硝酸銀を用いた化学反応により作る現行方式。青銅を研磨して銅鏡とした古代のやり方。生物の瞳と聖水と魔術により作られる錬鏡術と呼ばれる製法は、術師がいなくなったために廃れてしまった。  錬鏡術の失敗作の廃棄場所、それが鏡原の起源である。生物要素が強すぎて人の手に負えなくなった鏡が、映した者を取り込んでしまったり、自ら動き回って子孫を残したりするようにな

ミラーボーイ

私は鏡。 いつも色々な人や物を 映し出している。 どんなこともありのまま 見せることが出来るけれど、 私自身のことはよく分からない。  映し出されること。 それは、非日常。 ある日、可愛らしい女の子が 手鏡を持ってくるなり間に立ち 合わせ鏡を始めた。 そしたら、まあびっくり。 私ったらからっぽ。 女の子よりそのことに 気を取られている内に、 その子は姿を消していた。 それからは虚しいままの 日々が続いた。 それはそれは心細かったよ。 みんな私を見て喜んでくれたのだと 思っ

私の声を聞いて

 ーー聞こえますか? 私の声が聞こえますか?  あぁ、今日も、何も映らない。笑っていても、泣いていても、鏡には人形のような無表情だけが映る。私は本当に笑っているのかしら? 泣いているのかしら? それさえもう、わからなくなった。  いつからだろう。本当に悔しいときに「何も感じないの?」って言われてから、かな。私には、私の表情は見えなくなった。きっと、周りから見てもそうなのだろう。  それでも、何も違和感なく友だちと接している様子が、かえって頭を混乱させている。笑えているの

傍にいてくれて、ありがとう。

今朝も5時45分に 室内の照明が自動で点いて カーテンが開く この時間でも外が明るいのは 今が一番、日が長い時期だからだね。 空いたカーテンから入った光が 思っていたより眩しかったから 私もそう思っていた。 おはよう。 ベッドを出て 珈琲を淹れながら、 トースターにパンを入れる。 玄関が開く音がして 廊下を通って こちらに足音が 近づいてくる。 キッチンのドアが ガチャリと開く ありがとう。 ありがとな。 ゴミを捨てて、新聞を持ってきてくれて。 珈琲を淹れてく

すてきなあの子|夏ピリカ

 肌の色が違う。目の大きさが違う。それを縁取るまつ毛の多さや長さが違う。鼻も唇も輪郭も、とにかく全部が違って、彼女はとても可愛くて、私はそうじゃなかった。  ゆきちゃんから誕生日プレゼントで貰った手鏡は、お姫様が使うみたいに可愛い形をした有名なデパコスブランドのものだった。 「加奈ちゃんに似合うと思って」  ゆきちゃんは可愛い顔でにっこりと笑った。私が喜ぶと信じて疑わない顔だった。ゆきちゃんの瞳はキラキラとして見えた。長くて黒い髪はさらさらのつやつやで、私はこの天然美少

『家族写真』

お母さん、今までありがとう。 あらためてこんなこと言うの、少し恥ずかしいな。 でも、やっぱり、ありがとう。 お母さんの口ぐせは、 「身だしなみは大丈夫?」 だったね。 私が子供の頃から、お母さんは言ってた。 小学校に通うようになってからは、毎朝、言ってたよ。 そして、あわてて出かけようとする私を引き止めて、髪の乱れや、帽子の傾きなんかをなおしてくれた。 ハンカチも毎日取り替えてくれた。 お父さんが家族の写真を撮る時にも、「少し待って」って言って私の身だしなみを整えてくれ

ユア・ミロワール【夏ピリカ応募作】

――喉元に刃物を突き付けられた彼は怯えたように私を見る。 それだけで気分爽快だった。 今日も遅く帰ってきた夫は、あの女の香りを漂わせていた。 何も聞かず上着を拾い、ハンガーにかける。 結婚10年の記念日にと奮発した肉の脂が、皿の上で白く固まっていた。 「遅かったのね」 散々待たされた挙句に 「誰のおかげで飯が食えてるんだ」のひと言。 このご馳走を見ても何も気づかないのだなと呆れる。 夫に女の影が見えたのはいつだったろうか。 義母が急に倒れ、緊急事態なので会社に電話をす

【ショートショート】ミラーリング・インフェルノ【夏ピリカ】

私が「サソリの串揚げ…」と呟いた瞬間の、リサの眉間の皺を私は見逃さなかった。 私とリサの三連覇が掛かるミラーリング・チャンピオンシップの準決勝。私は勝負に出た。 ミラーリングは、相手のしぐさや言動を鏡のように真似をするのがベースだ。しかし、近年のミラチャンは意外性にも重きを置く。私達は二連覇しており、審査の目が厳しい。息が合うのは当然。予定調和だけでは勝てない。 準決勝の会場がこの中華料理店と発表された時、裏メニューでサソリがあるのを私は知っていた。エビチリや青椒肉絲を

【小説】鏡のない王国

どんな人間でも必ず暇つぶしになる道具がある。 何かわかる? 鏡だよ。 少し前に、常に混雑していて「待ち時間が長い!」とクレーム出まくりの女子トイレがあった。でも解決は簡単だった。通路に鏡を設置したんだ。それだけ。それだけで誰も文句を言わなくなった。待ち時間は長いままなのに。 待つ間、みんな鏡に夢中になったのさ。 女性だけじゃない、男だってそうさ。みんな鏡が大好き。いや、鏡が好きなんじゃない。みんな自分自身が大好きなんだ。大好きな自分と必ず会える鏡を、覗かずにはいられな

【企画参加】 ともだち ~ 夏ピリカ

夫に先立たれて10年、1人の生活は寂しくないわけではないが住み慣れた家は居心地が良い。 一人娘のさとみは、毎日電話をかけてくれるし、時々帰ってきてくれる。 老いては子に従えと言うから、娘が言う事には「はい、はい」と聞くようにしている。 そのさとみが『そろそろウチで一緒に暮らさない?』と言ってくれるけど、まだ1人で大丈夫だからと断っていた。 いつの間にか83才にもなっているのだから心配するのも当たり前ではある。 ◇ そんなある日のこと 迂闊にも私は庭で転んでしまった。

コンパクト

 彼はベッドの上に寝転びながら、テレビのニュースをを見ていた。 ここの植物園 うちの近くなんだよ。薔薇が有名でね。 私は化粧ポーチから、コンパクトを出した。 オレ写真撮りに、薔薇の時期はいつも 行ってるんだよ。 彼はこちらを見ることもなく、そう言った。 私はコンパクトを開け、鏡に映る自分の顔を見る。 鏡に映った私は、艶のない肌、虚な目、疲れた顔をしている。彼とは何年も付き合っているのに、思えばデートらしいデートなんて 数えるほどしかしたことない。 ねえ、それっておか