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【短編】ぶためん

 「なあ、これ懐かしくないか?」と、健太が俺に話しかけてきたのは、大学三年の夏休みだった。夕方の五時くらいで、まだ昼のように明るかった。1時間後くらいに他のサッカー部のメンバーもあつまって飲みにいく予定だった。一ヶ月前ほどに健太から連絡があった。早めに集まれるなら、久しぶりに学校行こうぜ、とのことだった。俺はそれを承諾した。
 「それ、ぶためんか。懐かしいな!」
 「そうそう。ここのコンビニじゃないけど、お前の家の近くのコンビニで、よくみんなで買ってたよな。」と健太は言った。

 懐かしいその思い出は、小学6年まで遡る。サッカー部のメンバーの中で、俺の家だけが圧倒的に学校から近かった。学校の目の前にあるコンビニの裏手に、住んでいるマンションがあった。今ではそこは引っ越してしまったので、誰も住んでいないか、他の誰かが住んでいるはずだ。

 「おい、あそうぼう!」といきなりインターホンが鳴ることはよくあった。あの頃は、とにかく毎週の土日は予定は何もなかったはずなのに、学校に行ってサッカーばかりしていた。

 「そうそう、お前ら毎週いきなり来てたよな。それから学校のグラウンドに行ってサッカーをして、しばらくしてからあそこのコンビニに行って、ぶためん買って。」
 「それからまたグラウンドに行って、あの階段のところで食べてたんだ。」と健太は言った。「お前と久しぶりに会ったからよ、なんだか思い出してな。」
 「そうだな」と俺は言った。

 コンビニでお湯を入れてそれを健太の車の中に持ち込んだ。あの頃は学校のグラウンドと体育館の間の階段で食っていたが、今じゃ、同級生の車の助手席でそれを食べている。
 「みんなどうしてるだろうな。」と俺は言った。ずずずっと啜る音がして彼は言った。「酒飲むの、初めてだもんな」

 ああ、そうか。と俺は思った。あの頃から、しばらくみんなとサッカーして遊ぶことはなかったけど、その間に本当に色々なことがあった。何回も恋愛をしたり、新しく親友ができて一緒に夏祭りに行ったり、初めてできた恋人と海に行って、そこで二人乗りしてきた自転車を盗まれたこともあった。

 「なあ、あのころのぶためんってさ。」
 「ああ、とにかく小さかった。これじゃ、普通のカップラーメンと変わらねえわ」
 あの頃よりも大きくなったぶためん。食べ終わる速度は、それでもあのころとかわらず二人とも五分くらいで食べ切ってしまった。
 「いい時間だな。よし出発するぞ。」と健太。
 「そうだな。」
 車を走らせると、車の中がとにかく豚骨臭かった。ふたりは、なんだか懐かしいけど臭えな、と言って笑いながら窓を全開にした。匂いを風が完全に奪い去ってしまうまで、ふたりはそのことでずっと笑っていた。

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