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(連載小説)気がつけば女子高生~わたしの学園日記㊷ 初めてのバイトは振袖姿で・その2~

成人式にコスプレ感覚で振袖を着て出席したい振袖志望男子を対象にした「男の娘向け・振袖無料試着会」で「元男子」が振袖を着るとどんな感じなのかを実際に見ていただく目的で「振袖モデル」として着物屋さんにバイトに来ているわたし。

予約の時点で盛況が予想されてどうやら振袖モデルが足りないと云う事でお友達のあゆみちゃんに誘われてわたしにとってはじめてのバイトを振袖姿でさせてもらっているのだけど予想通りひっきりなしに振袖志望男子のお客様がお越しになって店員さんやマネキン役のわたしたちのアドバイスをもとに次々とメイクを施してもらってウィッグも着物に合うアップヘアにセットし、様々な色や柄の振袖に身を包んでとってもかわいくてきれいな「振袖男子」いえ「着物女子」に変身されていく。

幸いな事にあゆみちゃんが言っていた「なんで男なのに振袖なんて」とか「わざわざこんな面倒くさい事しなくちゃいけないんだよ」みたいに毒づくお客様はわたしが担当させていただいた中には今のとこいらっしゃらず、どのお客様も少し戸惑ったり恥ずかしがりしながらもはじめての振袖体験を楽しまれているようだった。

学校で着付けの授業の時に先生が女物の着物って実はなで肩なら男子が着ても結構似合う様にできていて、それはなぜかと言うと女物の着物は胸がなかったりなどの凹凸が少なくてすらっとした体型の方が見栄えもいいし柄もよく見えると云うのを教わっていたのだけど、今日ここにお越しのお客様を見ていると確かにそれは感じる。

それに着物自体がそうなのと、振袖は更に帯を飾り結びにする場合も多いから帯締めを普通にお太鼓に帯を結んで着物を着る場合より余計に幾重にも紐で軽く「拘束」されるような感じもあってより動きにくいのだが、それもあって元々着物を着た時に内股で歩くようにできている動きが「おしとやか」になるのもあって着ている方の気持ちをより「女の子らしく」している。

もちろんお店としても今日の無料試着会にお越しのお客様は振袖をお召しになられた瞬間から脱ぐまでは「男の娘」や「振袖男子」ではなく「女の子」「着物女子」として接するように決まっていてわたしたちもそれに沿って振袖姿のお客様に「〇〇お嬢様」と女の子の名前プラス「お嬢様」でお呼びするようにさせてもらっている。

「神原さんごめーん。手が空いてたら振袖アドバイザーモデルお願いできるかなー?。」そんな中、今日何人目かの振袖志望男子のお客様を無事に赤の古典柄の振袖をお召しになられたお嬢様に変身させていただいて一息ついていたところに次の予約のお客様の対応をするように声が掛かった。

「はーい、ちょうど今大丈夫ですー。ただいま参りますねー。」と言いながら商談スペースに向かうと背の高いこざっぱりとした感じの男性が座っていた。

そのうち店員さんも来られて振袖選びがスタートしたのだが、ただどことなくこちらのお客様はあまり振袖を着ると云う事に対して興味が持てないのかどことなくぶっきらぼうで機嫌もあまりよろしくないように見えたのとそれにこの振袖無料試着会のお客様にしては珍しいと思ったのだがこのお客様は付き添いの方が誰もいなくて一人でのご参加だった。

この振袖無料試着会では男子がはじめて振袖を着ると云う事で大抵は付き添いでお家の女性の方が慣れない男子の為に一緒に振袖選びをすると云う事でお越しになったり、恥ずかしさを少しでも解消する為に仲の良い男友達同士で参加するとかはたまた最近はやりの付き合っている男女のカップルが成人式には一緒に振袖を着て参加する「カップル振」の目的でお越しになる等々とにかくご本人プラスどなたかと云う複数で参加されるのが大多数なのだがこの方はおひとり単独でお越しになられている。

もちろん本当は誰かと一緒にお越しになるつもりで予定していたのだけど結局お付きの方のご都合がつかなかったのかも知れないし「なんで今日はおひとりなんですか?。」だなんてわざわざ聞くような事でもないのでそこのところには触れなかったのだが、ネットで申し込みされた際の情報をまとめたシートを見ても住所はこのお店の商圏から結構離れていて、どちらかと言えばわたしの家に近い位だ。

もっとも大人気のこの男の娘向け振袖無料試着会は地元で男の娘のお客様向けに開催している着物屋さんがない地域などからだと県外であってもお見えになる場合もあるからさほど不思議ではないもののこのお客様のお住まいの地区にはここの着物屋さんの支店が確かあって同じように開催しているはず・・・・・。

そんな事を考えながら店員さんの横でこのお客様の振袖選びに同席させてもらっていたのだがどうも相変わらず不機嫌でめんどくさそうにされている。ただそうかと言って毒づく訳でなく「あれこれ説明されるけど振袖ってよく分かんない」と云った感じでとにかく興味自体があまり持ててない感じでつまらなそうだった。

そうは言ってもお店としてもせっかく参加されたからにはなにかしら振袖を試着して頂きたいし、お客様としても「ああなんとなくですが振袖ってよさそうですね」とか「僕の他にもお店の中に男子で振袖着てるお客さんいますけどみんな結構似合ってますね」等と受け答え自体はぶっきらぼうだけどある程度「振袖志望男子」には肯定的な気持ちは感じられるし、このお客様としてもまったく振袖を着ずに帰るとかそんなつもりはどうやらないようだったのでとりあえず実際に振袖を手に取りながら選んでいただくべく衣装スペースにご案内する事にした。

色とりどりの振袖が並ぶ衣装スペースではまだメイク前のB面(男性の容姿)の何人かのお客様が店員さんやわたしたち新女子のアドバイスを聞きつつあれこれと品定めをされている。

横を見ればもちろんあゆみちゃんも衣装選びのお手伝いをしていて「背が高いですからこんな風な大きめの絵柄の振袖もお似合いになると思いますよ。」とか「さっき手に取られた青の振袖も素敵ですけどやっぱり成人式と言うと赤が定番ですのでよろしかったらそちらもチャレンジされてみてはいかがですか?。」などと店員さん顔負けの上手でそれでいて的確な着物トークをしながらはじめての振袖男子さんの衣装選びのアドバイスをがんばっている。

さてわたしの担当しているこちらのお客様だけど相変わらずめんどくさそうにしながら振袖を選んでいる。店員さんが「この黄色掛かったベージュの振袖は吉祥文様をあしらっていておめでたい席にはぴったりです」とか「こちらの青の振袖は絵巻物のような古典柄で格調高いですしお客様のような上品な雰囲気の方にはきっとお似合いになりますよ」などとあれこれ説明はするのだが「はあ・・・・・そうなんですか。」とか「キッショウモンヨウねえ・・・・・。」などと相変わらず「男の僕が振袖のことなんてよく分からないんだよね」とつまらなそうな感じが続いていた。

でもわたしはなんとなくだけど気づいていた。さっき商談スペースでカタログや着物雑誌をめくっていた時にピンクの振袖が載っているページでは本をめくる手が他のページの時と比べて止まっていたし、それに衣装スペースに来て頂いて実際に振袖をお選びいただいている時にピンクの振袖が並んでいるところでは他の色柄と比べて比較的じっくりと手に取ってお選びになっていて、それも辻が花や絞りと云った高級品になると余計にそうされていた。

「もしかしてこのお客様は実はピンクの振袖が着てみたいのかも?・・・・・。」

そう思ったわたしはお店からも男子だと普段の服装ではあまり赤やピンク、オレンジなどは着ないし慣れてないのとそう云った色は「女の子の色」「女の子の着るもの」と思いがちで振袖でも敬遠する人が多いのだけど実際に着てみると似合う人が多いし、よりいつもと違う自分になれるから結構好評なので赤やピンクも似合うようなら一度はお勧めするように言われていたのを思い出した。

そう考えるとこのお客様は細面で色白でこざっぱりとした感じだし、優しそうで柔和な印象もある・・・・・。よし!一度ここは思い切ってピンクの振袖をおすすめしてみよう・・・・・。

「お客様、よろしかったらそちらのピンクの振袖をお出ししますので合わせてみられてはいかがですか?。」とわたしが言うと「ああ・・・・・さっき手に取ってたこれね・・・・・。だけど男の僕がピンクなんて似合うかね?。」とお客様がおっしゃるので「大丈夫だと思います。お客様は細面で色白ですからきっとピンクのお色は映えると思います。それに清楚な雰囲気をお持ちですのでよりピンクはお客様を引き立ててくれますよ。」と素直なわたしの気持ちをお伝えした。

すると「そうかあ・・・・・ピンクねえ・・・・・ま、こちらの振袖モデルアドバイザーさんがそうおっしゃるなら試しに一度着てみようかな。」とおっしゃるのできものハンガーにかかっている何枚かのピンクの振袖を取り出して身丈や裄丈、袖丈やおおまかな柄の出方などを羽織ってもらって合わせてみる。

お客様の身長はあゆみちゃんと同じ178㌢らしいのだが、今日の男の娘向け振袖試着会用に大きめのサイズのお振袖は多めに用意している事もあって何枚か候補はスムーズに選ぶ事ができたし、着物なので多少のサイズの件はおはしょりで調節するなりなんなりして可能だからそこはあまり気にせずに着たいものを選んで欲しかったけれど品揃え豊富なラインナップの中から考えながらなんとか1枚お決めいただいた。

そしてこの試着会用の「女の子の名前」をまだお決めになってなかったのでお願いすると「そうですね。僕5月生まれなんでベタですけどひらがなで”さつき”ってのでいいですか?。」と言われるとご自分で選んだピンクの振袖といっしょにメイク・着付けスペースへと移動され、せっかくの無料試着会なのに振袖を着る事がどことなく乗り気でないような感じのこのお客様だったけどとりあえず着てもらって「さつきお嬢様」になっていただけることになってわたしはホッとした。

お客様がメイク・着付けに向かわれてからはちょうど次のお客様の予約時間まであいだが空いていた事もあり、わたしは少し休憩したり撮影スペースで他のお客様の振袖姿の写真や動画撮影をお手伝いしながらさつきお嬢様のお仕度終了をお待ちしていた。

どの振袖志望男子のお客様もきれいにメイク・着付けしてもらい艶やかな振袖姿の「お嬢様」になっていてどなたも本当はこの方が男子だなんて信じられない位かわいらしくすてきに変身されているのを見ながらさつきお嬢様もせっかくだからこの他のお客様に負けず劣らずピンクの振袖がとてもよく似合うきれいでかわいいらしい振袖姿のお嬢様になっていたらいいなとわたしは思っていた。

そうしていると「さつきお嬢様、お仕度終了しましたー。」と奥のスペースより店員さんに付き添われ、メイク・ヘアメイクと着付けが終了して振袖姿に変身されたさつきお嬢様が戻ってこられた。

「メイクと着付けおつかれさまでしたー。えっ・・・・・。」

そこには桜の花や花びらがひらひら舞うシンプルですっきりとした柄のピンクの振袖を身に纏ってグレーと水色の豪華な帯を文庫結びの飾り結びにした華やかでとっても清楚で上品な振袖姿の「お嬢様」が恥ずかしそうにうつむき加減に立っていた。

髪はセミロングのウィッグをきれいにすっきりとアップにまとめて右側にかわいらしい大き目の髪飾りを付け、振袖によく合う華やかでそれでいてこの方の持つかわいらしさや魅力を引き出しながら全体的に清楚な感じのメイクのおかげもあってこの方がほんとは男子だなんて思えないくらいパス度の高い「成人式を迎えた振袖姿のお嬢様」になっている。

「わあー!さつきお嬢様すてきですねー。このピンクの振袖とってもお似合いですー。」「ありがとう・・・・・あなたに勧めていただいたピンクだけどどう?・・・・・大丈夫かしら?・・・・・。」「もちろんでございます。ほんとうにほんとうにさつきお嬢様はピンクがお似合いですね!。わたしもお勧めしてよかったです。」「そう・・・・・似合ってるならよかったわ・・・・・。」

と振袖を着て気分も「女性化」したのかさつきお嬢様は女の子のような話し方で声質も女の子のようにオクターブも普段より高くわたしに感想をおっしゃってくださる。

だけどほんとうにピンクの振袖に着替えたさつきお嬢様はわたしが今日担当させていただいた振袖男子志望のお客様の中でも1,2を争うくらいすてきな振袖姿でとっても似合っているだけでなくまたそのお姿がとってもお綺麗なのと女子としてのパス度も高いように思えた。

そして店内の撮影スペースが空いたのでさつきお嬢様をそちらにご案内して記念撮影やご自分のお持ちのスマホで写真や動画を撮影させてもらい、さつきお嬢様にお願いされてわたしもいっしょにカメラに収まる。

さつきお嬢様は定番の少し斜めの立ち姿や帯結びが見えるように少し振り向き加減のポーズにこれまた定番の長い袖を広げたポーズもなんなくこなし、初めてにしては慣れた感じでカメラスタッフのリクエストに応えて撮影も楽しまれ、そして笑顔もとても自然でかわいくてさっきまでの不機嫌でめんどくさそうなさつきお嬢様はどこへ行ったのかなと云った感じだった。

店内撮影を終え、休憩スペースでくつろぎながらわたしも少しお客様のお世話の間が空いていた事もあってさつきお嬢様としばしおしゃべりをしていた。

そうしていると着付けや撮影を終えられた次のお客様がどんどん撮影スペースや休憩スペースにお越しになって店内が若干手狭になってきた。

そこでわたしはさつきお嬢様にせっかくなのでこのまま振袖姿で散策と撮影をされてみませんか?と提案してみた。

「えっ?・・・・・振袖でお外に出るの?・・・・・そんな・・・・・。なんだか恥ずかしいな・・・・・それにわたしってほら背がとっても高いけど男子ってバレないかしら?・・・・・。」

「大丈夫ですよ。今日のさつきお嬢様はわたしが担当させていただいた本日のお客様の中でも1,2を争う位にとってもパス度は高いですし、それに他にも何人かのお嬢様もお出かけされていらっしゃいますのとほらわたしの他にもおりますやはり身長の高い振袖モデルアドバイザーの子も只今自分の担当のお嬢様と一緒にお出かけしておりますので背の高い振袖姿の方はさつきお嬢様だけではございません。もちろんわたしもお出かけの際にはご一緒させていただきますしご安心くださいね。」

そう言うと「じゃあせっかくだから思い切って今日はお出かけしてみようかな・・・・・。」とさつきお嬢様はおっしゃり、草履を履いてわたしと一緒にお店を出てはじめての振袖外出に出かける事にした。

(つづく)







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