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(連載小説)和巳が"カレシ"で、かすみが"カノジョ" ③ 振袖のち浴衣の男の娘・後編

「わあーさすがに今日は花火大会だから人も多いし浴衣の子も多いね!。」

そうあずさが言う横を浴衣女装をして”カノジョ”になったばかりのかすみがうなづきながら恥ずかしそうにうつむき加減で会場の河川敷へ向かって歩いている。

今日の花火大会はこの辺りでは今シーズン最も規模の大きいものでもあるせいか人出もそれに見合う感じで多く、また道行く人の”浴衣着用率”も高いように思える。

浴衣でも振袖でも袴でも和装をすると云うのは何かのイベントとかの「きっかけ」が無いとなかなか着る機会がないもので、もちろん普段のお出かけとかおしゃれ着として着物とか浴衣を積極的に着て着物生活を楽しんでいる人もいるけれど、大半の人にとっては和服は「特別な日のおめかし用のもの」であり、着るだけでテンションが上がる。

それはこのあずさとかすみの「浴衣女子カップル」もそうで、かすみはもちろん特にあずさはそれ以上に浴衣女装をしてそれがとても似合っているかすみを見てより一層テンションが高まっていた。

確かにかすみもショーウィンドーや信号待ちをしている時にコンビニの外側に映った自分の浴衣姿をふと横目でチラと見て、これがさっきまでの男子の「和巳」だった自分とはちょっと思えなかったし、それに人で混雑しているからあまり周りの人には気が向かないのもあるにしても、すれ違う人は誰も浴衣姿のかすみを見て怪訝な表情をしたり男子と疑ったりはしない。

「わたし今回も男ってバレてないみたい、よかった・・・・・。」そう思いつつひと安心して歩きながら会場の河川敷に着くと土手の適当なところに持ってきたビニールシートを敷き、あずさとかすみは二人並んで横膝座りで座る。

まだ日の入り時刻まで少し時間があるようで、外は日中ほどではないけれどそれなりの明るさもあり、今の間にとあずさもかすみも巾着袋の中から手鏡を出してメイクや髪の毛の状態をチェックする。

改めて鏡に映ったメイク・着付けをしてもらって女の子のかすみになった自分を見て「ま・・・・・わたしってほんとかわいくなってる・・・・・。」と思い、しばし見つめていた。

元々肌は色白だし日頃から振袖モデルアドバイザーのバイトをさせてもらうのにスキンケアにはこれでも男にしては同世代の男子と比べて気をつかっているせいかきれいな肌で、それに乗せたファンデーションなどのベースメイクはもちろんアイメイクやチーク、リップに至るまでどこも自然で上品な和風メイクはかすみの内面の本来持っている「女の子らしさ」を引き出しながら「かわいらしさ」を演出してくれている。

確かにここの場所に来るまでに声こそ掛けられなかったけどあずさとかすみは街ゆくすれ違う男子たちに何度かチラと視線を投げかけられたのを感じていた。

あずさは高校の時から評判のかわいらしい女子で、大学に進んでからも学園祭ではミスコンで2年連続ファイナリストに選ばれる位同世代の女の子と比べてもきれいでかわいらしくてイケてるし、かすみも言われなければこれがほんとは普段はどこにでもいる男子大学生とは思えないくらいそこら辺の女の子と比べても今日はレベルの高い浴衣女子になっていると云う事もあってか男子たちの視線と注目を集めていた。

「やっぱり女の子って楽しいな・・・・・。」そうかすみは心の中でつぶやきながら思っていた。

あずさが自分の事を時にはこうやって「かすみ」にしたがる気持ちがなんとなくだけど分かる気がする。

もちろん自分の女装がハマっていて見た目が女子としてまったく違和感がないからこうやって女装して連れ出してもとりあえず問題ないと云うのはあると思うけど、あずさは女子として「おめかし」「おしゃれ」と云うとても楽しくてワクワクする行動を和巳をかすみにする事で同じ目線で共有したいのだろう。

そして和巳もかすみになって「女の子として楽しむ」のはいわば「たまの楽しみ」としては割に面白いし、おかげさまで慣れてきたせいもあって好評をいただいている振袖モデルアドバイザーのバイトの時もそうだけどかすみと云う女の子でいる事は案外自分に合っていると思っていた。

そんな中花火大会が始まるまでのややけだるい日中の暑さが少し残っている河川敷で始まりを待ちながらあずさとかすみは「女子トーク」に励んでいた。

「やっぱUVカットの率の高いファンデってどれがいい?。」

「ああそれだったらね、このファンデがいいよー。」

「今日のあずさの髪飾りって浴衣にとっても合っててかわいー。」

「ありがと。かすみの髪飾りだって上品でかわいくて今日のかすみの浴衣姿にぴったりだよー。」

「ねえねえ、今度駅前にできたパン屋さんってイートインスペースも結構充実しててまた売ってるパンもどれもこれもおいしいんだよ。今度一緒に行かない?。」

「いいねー。で、あずさ的にはどんなパンがおすすめ?。スィーツ系?。それともカレーパンとかの総菜系?。」

こんな調子で二人は他愛もない女子トークを楽しんでいた。そしてかすみにとっては楽しんでいたのは女子トークだけでなく、気持ちそのものをかすみと云う女子にチェンジする事も楽しんでいたし、それによって感じる女の子としての気持ちが喋り方や声のトーンをより女の子らしくさせ、またそうする事できれいにメイクして着つけてもらった浴衣女子としてのかすみの「女っぷり」をより上げ、そして女子としての時間をますます楽しんでいた。

「ヒューー!ドーン!。」

「あっ、見て。花火が始まったよ!。」

そして辺りがほんのりと暗くなっていよいよ花火大会が始まり、次々に色とりどりの打ち上げられた花火の大輪が夜空に広がり、また鮮やかに彩っていく。

金色、赤色、青色などなど何色もの色彩が様々な仕掛けと一緒にまた一発、そして続けてまた一発と弾けるように夜空を彩るその情景にあんなに楽しくおしゃべりしていたあずさとかすみはいつしかおしゃべりを止め、花火に見入っていた。

今までそう言えば花火大会があると云っても活発で社交的なあずさは浴衣が着たいのもあり、毎年のように見に行っていたけど、「和巳」としては暑いし人が多くて混雑するところはあまり好きでないのもあって足が遠のいていた。

だけど今回はこうして「かすみ」としてきれいに浴衣を着せてもらってあずさの「カノジョ」として見に来ている。

そして浴衣女装をしてかすみになって見る花火ってまた自分の目に今までと違って映っていた。それは花火だけでなく浴衣で「夏の和風おめかし」をしたそばに居るあずさもいつもとまた違って見えていた。

それはあずさにとっても同じで、いつもは普通のどこにでもいる系の男子の和巳がこうして浴衣女装をする事で見違えるようにどこから見ても女子にしか見えない和風の女の子のかすみになっているのを見ていると、いつも以上に違った情景に見えていたのだった。

さすがこの辺りで最大級と云う事もあり、色とりどりの花火の打ち上げはそれからもしばらく続き、大小さまざまな花火を浴衣姿の二人は堪能していた。

そしてラストにこれまでで一番大掛かりで打ち上げた本数も色どりも多い花火が会場の夜空を大きく彩ると無事今日の花火大会はおひらきとなった。

花火大会が終わってからの混雑が徐々に少なくなるのをやり過ごしてから二人は家路に就いた。自宅の最寄り駅からカラコロと下駄を鳴らしながら家に向かっていた二人だったが、ある程度花火大会の終了から時間が経っていて人通りも少なくなっていたのとかすみも大分下駄に慣れてきていたのもあり、比較的スムーズに浴衣姿の二人は夜の道を歩いていた。

しばらく歩いているとあずさとかずみが通っていた小学校の前を通りかかった。

「お、小学校だね。どれどれ・・・・・。」

そう言いながらあずさが校門の端から学校を覗き込む。

「やっぱり夜は誰もいないね。じゃあちょっとお邪魔してみますか。」

そう言ったか言わないかであずさは閉め忘れたのかたまたま開いていた校門の横をくぐるようにして校内に入って行く。

浴衣姿のせいなのか、それともこの辺りで一番大きな花火大会が終わったばかりと云う街の独特の華やいだお祭りの雰囲気に煽られたせいなのか分からないけれどあずさは大胆に夜の無人の学校の敷地に堂々と入って行く。

「ちょっとあずさ・・・・・ダメでしょ・・・・・夜で誰も居ない学校に勝手に入っちゃ・・・・・。誰かに見られてるかも知れないし、防犯カメラに映ってるかもよ。」

そう言うかすみにあずさは「大丈夫だよ!。こんな時間だから多分誰も居ないし、横から入ったから防犯カメラに映ってないと思うよ。」と全然意に介してない。

「いや、そうじゃなくて後からわたしたちがこんな夜に学校に勝手に許可なく入って不審者に思われたらいけないでしょ。ね、早く出ましょう。」と大胆なあずさの行動をなだめるようにかすみは言うのだが、「大丈夫よ。だって普通こんなにかわいくて浴衣の似合う花火大会帰りの女の子二人がわざわざ目立つ浴衣姿なんかで悪さしないでしょ?。きっと誰かに見られたりとか防犯カメラに映ってたとしたって”わあーこの子たち浴衣良く似合ってるー”ってわたしたちの事褒めるわよ。あはっ。」とやはりまったくそのままだ。

そしてかすみは仕方ないしあずさを放っておく訳にもいかないので校門の横を防犯カメラになんとか映らないようにくぐって中に入った。

言われてみれば確かにこの学校の卒業生とは言え夜に許可なく勝手に校内に入るのはよくないけど、かと云って何の悪さをするつもりもなくて学校の隅のあたりを「不審者」とはほど遠い浴衣姿でちょろちょろする位ならかえって防犯カメラに映ったとしても「身の潔白」はカメラが証明してくれる筈と変な理屈をつけながらとにかくあずさとここから早く帰らねばと云う事でかすみも校内に入ってみたのだった。

遅れて校内に入ってみるとあずさがグランドの隅の方でベンチに腰掛けているのが見えた。

「あずさー、ここにいたのね。じゃあもういいでしょ。帰ろう。」と言うかすみだったが「ま、いいじゃない。成人式の時以来のしばらくぶりのわたしたちの卒業した小学校な訳だし。かすみもそこ座ったら?。花火大会で疲れてるでしょ。」とあずさはかすみにもそこのベンチに座って休憩するように勧める。

そして確かにずっと歩いていたせいか少し疲れていたのもあり、かすみもあずさの横に座って、夜の誰も居ない学校の片隅のベンチに並んで座る浴衣姿の「女子」二人はそよそよと吹いてくる心地良い夏の夜風に身を任せてまったりしていた。

この前はこうして二人が卒業した小学校に連れ立ってやってきたのは成人式の日に振袖で来たけれど今日は花火大会帰りの浴衣姿。

その時もお互いきれいに着飾ってとても振袖が似合う「和装美人」になっていたけど、今日もまた浴衣と云う着ているものは違うけどやはり同じように今のシーズンに合ったお仕度で「和装美人」になっている。

横に座っているあずさをかすみはチラと見てみると扇子で扇ぎながらまったりとしているのだが、なんだかその姿が浴衣を着ていると云うこともあるのか妙に艶っぽい。

「あすさきれいだな。」そう思っているとあずさもこっちを振り向いた。

「いやいやまだ暑いねー、扇いだ位じゃぜんぜん涼しくなんないな。」

そしてそう言うあずさにかすみは持っていた巾着の中から自分でも扇子を取り出してあずさを扇いであげた。

「どう?少しは涼しくなった?。」

「ありがとう・・・・・。でもぜんぜん涼しくなんない・・・・・。だってかすみがわたし恥ずかしくて火照ってしまうくらいこんな風に優しくしてくれるんだもの。えへへ・・・・・。」

そう言われたかすみだったけどかすみ自身もこの元々の暑さもあったのと、横のあずさの艶っぽい位似合っている浴衣姿を間近で見たり、自分自身も浴衣女装をしてとても女の子らしくてかわいくなっている事でのテンションと気持ちの高ぶりもあって同じように火照ってしまっていて、その感覚のせいかぜんぜん涼しくは無かった。

そしてしばらくかすみはあずさを扇いであげていると「ねえかすみ・・・・・。」とあずさが言う。

「どしたの?。」

「いやね、今日の浴衣着たかすみってかわいいなって・・・・・。」

「そう・・・・・ありがと・・・・・。」

改まってあずさにそう言われたかすみはうれしいような恥ずかしいような気持ちのまま変わらずあずさの方に向けてゆっくりと扇子を動かし、あずさも続けた。

「でも振袖の時も思ったけど、かすみってほんとうに和服似合うね。それにきちんとメイクしてウィッグをかぶってヘアアレンジしたら普段の和巳の時と全く違うどこから見てもかわいい女子そのもののかすみになっちゃうのってほんと見てて面白いし楽しいな・・・・・。」

「ありがと・・・・・わたしもこうしてたまにかすみになるってとっても楽しいの。女の子がおめかしするのに熱心になるって自分が実際におめかししてみてよく分かったし、それとかすみになる事で和巳の時では気づかなかったあずさの気持ちも分かるようになったかな。だから今日こうして浴衣着てかすみになってるってわたしとっても楽しいし、うれしいんだ・・・・・。」

そう二人が言いながら並んで座っている距離がいつの間にか少し縮まっていた。

「そうなんだ・・・・・そう言ってくれるとわたしも今日和巳を女の子のかすみにして花火大会に連れ出してよかったって思うし、それにこんなにばっちり浴衣の似合ってるかすみを見てるとわたしの”カノジョ”ってこんなにすてきな和風美人なんだよってみんなに自慢したくなっちゃう。うふっ。」

そしてあずさは「じゃあ今日一日浴衣を着てかわいい女の子のかすみになってくれたからわたしからご褒美をあげるね。ちょっと目を閉じてて。」と言い、かすみも扇ぐのを止めてそっと目を閉じた。

「いい?目を開けちゃダメよ。」

「うん・・・・・。」

そう言った瞬間にかすみの唇に柔らかい感触が重なった。

そしてジェルのつるんとした感じが一緒に唇を通して感じると同時にあずさの色んないい匂いが密着しているせいかいつもより濃く香る。

「あん・・・・・なんだかわたしとろけてしまいそう・・・・・。」

実はこれがかすみにとっても和巳にとっても初めての女の子とのキスで、お互いの重なる唇を通して伝わってくる息遣いと胸の高鳴りは初めてのキスと云う事もあり、かすみの心と気持ちをほんとうに溶かしてしまうかのような甘い独特の感じに包んでいた。

ほんの数十秒だったのにまるで時が止まったかのようなその瞬間からそっとあずさが唇を離し、そして目が覚めたかのように閉じていたまぶたを開け、二人はそばにいるお互いを見つめていた。

いつもは何をしても動じなく、はっきりしていてサバサバしているあずさもさすがに少しはにかんだような感じで「どう?・・・・・わたしからのご褒美・・・・・。受け取ってくれてありがと・・・・・。」と言い、それ以上に恥ずかしくてたまらなく、真っ赤な顔をして身も心も火照っていたかすみはやっとの事で「うん・・・・・最高のご褒美をありがと・・・・・。」と小さな声で言うのが精一杯だった。

それからそのまましばらく火照りを冷まし、二人は校門の横から出て学校を後にした。幸い警備員さんや街の人も来ず、座っていたベンチも防犯カメラからは遠く離れていたようだったので多分さっきの事も映ってないと思われた。

二人はどちらからともなく静かな夜の住宅街を仲良く手をつないで並んで歩き始めていた。

そしてあずさの家の前まで来ると「今日はありがとう。わたし和巳が”カレシ”で、かすみは”カノジョ”でよかったって思ってるよ。またたまにはかすみになってね!。」とあずさはうれしそうに言うと家に入っていった。

この幼なじみの男女、いや女子同士?のカップルはまたひとつ思い出を作った。

それはこの二人しかできない特別な思い出だ。

(この項おわり)









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