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(連載小説)秘密の女子化社員養成所㉔ ~玉の輿の研修生・その3~

「わあー!、かわいいらしいお花がいっぱい咲いてますねー。」

「後は若いお二人で」と言われたお見合い中の穂波とさくらはまず研究棟内にある商品開発用のハーブ園に足を運んでいた。

瀬戸内海の真ん中にあり、周りを360度多島美に囲まれた風光明媚なこの島だが特に観光用の名所や旧跡はなく、そうかと言ってデートらしい事をしないわけにもいかないので穂波はこのハーブ園にさくらを連れ出した。

冬ではあるが比較的温暖なこの島のハーブ園と云う事もあり、商品開発用とは言いながら鑑賞用としても充分な色とりどりの花が咲いているのでさくらも喜んでいる。

「わたしこう見えて結構お花が好きなんです。華道をやっているのもお花が好きで見てて飽きないからって云うのもあるんです。」

と興味深そうに咲いている草花を眺めながらさくらは言う。

「そうなんですね。わたしも大学の専攻が農学部だし、大学院まで進んだのもやっぱりお花が好きなのがあるんですよ。それに教わったバイオの知識が活かせるからここはいいところです。えへっ。」

と穂波も「花が好き」と言うさくらに自分との共通点があって趣味嗜好が一致する事に安堵し、このVIPとのお見合いで緊張していた心も少しだけほぐれていた。

その後はハーブ園や隣接する温室を植物やバイオ関係の知識豊富な穂波の「解説付」で回り、和やかな雰囲気のまま保養所棟の屋上にある展望台へと振袖姿のまま二人は足を運んだ。

「きれい・・・・・。」

天気の良かったこの日は空に雲ひとつなく、島の高台の上にあるこの建物の更に最上部に位置する展望台からは遮る事なく瀬戸内海ならではの多島美が見渡す限り広がっている。

西日本にあるとは言え冬の日暮れは早く、少しずつ日も西に傾きかけ、夕暮れが徐々にこの島、そして展望台を包み込みはじめている。

その幻想的でまるで印象派の絵画のような景色を目の当たりにしたさくらは普段都会の雑踏の中で弁護士として忙しく駆けずり回っているせいか余計にこの風景に癒されているようで、海をみながらじっと佇んでいる。

「さくらお嬢様、寒くないですか?。」
「ううん、大丈夫。それにこんなにきれいな景色を見てると寒いなんて感じちゃうのも忘れる位です。あはっ。」

そう上機嫌で答えるさくらだったが、同時に穂波のさりげない気遣いがさくらの気持ちをより上機嫌にさせていた。

「園田さんってなんだかいい・・・・・。お花の知識も豊富だけどそれを無駄にひけらかしたりしないし説明もお上手でとっても話しやすいわ。それに自分もお振袖を着て踵の高いお草履を履いてるから歩きにくかったり動きにくかったりするだろうにわたしの事ばかり気に掛けてくれて・・・・・。」

穂波にしてみれば大事なVIPでもあるし、それ以前に元から気がつく性格でもあるせいか普段通りで特別な事をしているつもりは無く、とにかく失礼の無いようには心掛けてはいるが、それがかえって自然な優しさで自分に接してくれているとさくらは感じ、より好印象を穂波に抱く様になっていた。

さくらは見ての通りのかなりの美形で、おまけに弁護士なのでセレブに思われるのか男女問わず言い寄られる事も多かったが、その美形だったりセレブだったりするのもあって言い寄る方は必要以上に自分を良く見せようとしたり、相手が無理していると感じる事はこれまでも数えきれない位あった。

だけど今日の穂波は常にさりげなく、それでいてちゃんと気に掛けるべきところはツボを押さえた対応をしてくれるし、また今日の穂波はその和風の端正できれいな顔立ちに振袖がよく似合い、見ていてその華やかさとおしとやかさが同居した佇まいや風情にもさくらは惹かれはじめていた。

日も徐々に陰ってきて、寒くなり始めたので二人は建物の中に入り、改めて瀬戸内海の夕暮れがよく見える保養所棟内のカフェスペースで先程のハーブ園で採れたばかりの草花を使った特製のハーブティーを飲んでいた。

「はあ・・・・・温まりますね・・・・・。」
「ええ・・・・・とっても体も心も温まります・・・・・。」

しかし穂波にとって体も心も温まると云うのは実感のこもった言葉だった。
あれこれ二人で会話する中でさくらの弁護士としての活動についての話題になったのだが、最近は京子の下でビューティービーナスをはじめとした数社の顧問弁護士補佐として企業法務を教わりながら携わっていると言う。

ただそれ以外にもやはりスタッフ全員が女性と云う法律事務所に所属しているのでDVであったり離婚や浮気、それにパワハラ・セクハラと云った件には他より数多く相談が寄せられるし、精力的に取り組んでいると言っていた。

また同様にさくらは自分が当事者と云う事もあるがLGBTQの権利拡大・地位向上のための取り組みにも弁護士としてできる事がないか積極的に取り組んでいた。

自分もレズビアンなのでLGBTQの方々の気持ちや不合理や不利益に苛まされてきる気持ちはよく分かるし、その分自分が出来る事があれば力になってあげたい一心でこの問題に取り組んでいる事をさくらは穂波に熱く語った。

穂波はそれを聞いてさくらに非常に心強さと安心感を感じたのだった。
今まで常にMTFトランスジェンダー、そしてLGBTQとして周りの理解が得られるかどうかは穂波にとって最も重要で、且つ最も懸念する事柄だった。

学生の時に明日香の事が好きだったのは自分を女性として見てくれ、そして女性として接してくれたから心も体も許したのだが、さくらも今のところは穂波の事を女性としてしか見てくれていないように感じ、それが穂波にとっては最も大切な事だった。

「わたしね、弁護士って事もあってLGBTQやDV、離婚・浮気と云った件で依頼者さんのお相手の方とお会いする事も多いんですけど”弁護士の御船です”って言っただけでそれだけでおののいたり構えたりする方って結構多いんです。ま、企業法務での会社の揉め事でも似たようなものですけど弁護士って”精神的な用心棒”みたいな役割も時たま求められちゃうんです。へへ。」

「精神的な用心棒」とはうまい事言うなあと穂波は感心したのだが、先程から話してくれているさくらが自らの女性問題・LGBTQに関しての活動の中で、必要以上に自分たちの考えや権利について主張しすぎないようにした上で交渉や話し合いをしているのだと感じていた。

学生時代に所属していた大学の枠を超えたLGBTQ、それもMTFトランスジェンダーの団体にも時々ヒステリックな態度や言動を見せる学生がいたが、穂波はそれが苦手だった。

穂波が活動していた団体は「圧力団体」ではなく、活動を通じてLGBTQ、とりわけMTFトランスジェンダーへの理解と協力を求めていくのが主目的なのになんでも権利、権利とヒステリックに言ってばかりではまとまるものもまとまらないだろうと云うのは常日頃から思っていて、そのような学生や主義主張とは距離を置くようにしていた。

しかしさくらの話を聞いているとLGBTQ寄りの意見を代弁はしてくれるがゴリ押しばかりせず、「性の多様化」と云うからには「意見の多様化」もあってしかるべきと云う姿勢のようでそれがまた穂波の心に響くのだった。

その上でさくらの言う「精神的な用心棒」らしさも感じ、不安定な立場や身分の自分を支えるだけでなく、しっかりと守ってくれるような心強さも感じはじめていた。

多分さくらは自立している強い女性なのだろう。でもさくらはとっても社会的にも精神的にも強いはずなのに決してそれを振りかざしたりはせず、自分の持っている力や知識・知見を自分のクライアントや弱い立場にいるLGBTQの方々に振り向けて守ってあげている。

しかもこんなにきれいで頭もいいのに同じくそれを鼻にかけたり振りかざしたりもしないし、相手に求めたりもしない。

「さくらさんってなんだかすごい・・・・・。でもすごいだけじゃなくてすてき・・・・・。これならあたしの事も守ってくださるわね・・・・・。」

お互いがお互いの事をリスペクトし、また惹かれあううちに日も暮れて夕食の時間となり、保養所内のダイニングルームに行くと京子と三浦所長も交えて4人で夕食を頂く予定と聞いていたのに二人分しか席が用意されてない。

「これって・・・・・。」
「ええ、御船先生は所長とつもる話がおありとの事で、支配人も交えて別室でご夕食を召し上がっておられます。ですから今日の夕食はさくらお嬢様と園田さんのお二人で召し上がって欲しいとの事でした。」

多分さくらと穂波が仲睦まじく館内を視察し、お茶を飲みながら談笑するのを遠くから見かけて京子も三浦所長も気を遣ったのだろう。

そしてもう着替える時間もないので二人は振袖姿のままダイニングルームでコース料理を食べて、食後はバーシトラスであれこれと話し込んでいた。

「ちょっと見て見て、あの振袖を着たカップルってイイ感じじゃない?。」
「ほんとほんと。それに二人ともすっごく美人じゃない!。」
「振袖も似合ってるし、なんだかうらやましい・・・・・。」

ダイニングルームやバーシトラスでは一応ドレスコードがスマートカジュアルと云う事になっている。

それにここは保養所とは言えちょっとしたリゾートホテルのような雰囲気なのでそれなりにおめかしして食事やお酒を楽しむ利用客も多かった。

でも今日の穂波とさくらは振袖姿と云う事に加え、お互いがかなりの美形でもある事からどこに居ても目立つ存在で、周りの注目を集めていた。

そしてチラチラと周囲から送られる振袖姿の二人への視線の先には京子と三浦所長、和香子ママの姿もあった。

「御船先生、さくらお嬢様と園田穂波は話も弾んでるようですし、それにとても楽しそうでよろしかったですね。」
「そうみたいね、なかなか気も合うようで私としてもひと安心だわ。」

そう二人の事を見守りながら京子も先週に引き続きこの女の園を満喫しているようで、このバーシトラスのナンバー2キャストでもある阿部沙彩を横に座らせながらご機嫌で杯を重ねていた。

「先生ぇー、わたしにもいい方がいらしたらご紹介してくださいませぇー。わたしもそろそろお嫁に行きたいんですぅー。」

そう甘えた口調で京子に媚びを売るように言う沙彩だったが、それは半分本気だったし同じくらい「女」として、また「キャスト」としての気持ちからもそう言っていた。

確かにここのところ百合花倶楽部も会員の花嫁候補を積極的に探しているようで、カップリングパーティーを開催したり時間とお金に余裕があれば小瀬戸島を訪ねてみるよう会員に勧めているようだった。

そして年末年始の繁忙期を挟んで何人かの社員の婚約が成立して島を後にしていた事もあり、沙彩もそれが皆セレブな相手ばかりだったのを目にしてそう言ったのと、沙彩だけでなくこの島のほとんどの独身社員たちが出来る事なら自分もセレブ婚がしたいと思い始めていた。

そんな女たちが誰しも「売り込み」に熱心な横で穂波とさくらは時も忘れてあれこれと楽しく話し込み、看板の時間まで二人はバーシトラスに居た。

和香子ママから閉店時間なので自室に戻るよう促され、名残惜しそうなさくらを穂波は部屋まで送り届けると自分も部屋に戻り、帯を解いて着物を脱ぐと大きく膨張した自分のぺ二クリがパンティから飛び出てきた。

「やだ・・・・・あたしのぺ二クリちゃんどうしちゃったのかしら・・・・・。はしたなくて恥ずかしいわ・・・・・。」

それは無意識のうちにさくらの事を女性として、そして恋愛対象・性的対象として見ている事の表れと言え、同じくさくらも自分の部屋で振袖を脱いで着替えているとパンティにうっすら「おつゆ」が滲みだしているのに気づいた。

「やっぱりあたし穂波さんに感じちゃってたみたい・・・・・。」

実は穂波と話し込んでいるうちに自分のアソコが感じているような気がさくらはしていたのだった。

「だってあんなトロんとした目とぷるんとした唇であたしの事見つめながらお話しされるんだもん・・・・・。それにすっごくうなじもお手入れされてきれいだったから舐めてしまいたくなっちゃったじゃないの・・・・・。」

翌日、穂波は悠子たち同期の研修生たちに囲まれて昨日のお見合いについてあれこれと聞かれていた。

「ねえねえ穂波さん、あたしたち遠くから見てたんだけどなんかお二人ってすっごくお似合いのカップルに見えわよ。」
「ほんとそうだったわよねー。だってとっても楽しそうにおしゃべりしてたし、それに二人とも振袖が超お似合いでしかも超美人どうしでしょー。”絵になる”ってこの事だわーって思っちゃった。」

「あらそう?。まあお話ししてて楽しかったのは事実ね、うふふ。」

と言われた穂波の方はまんざらでもないようだった。

「そうなのね。だったらこのお見合いってなんだかまとまりそうじゃない?。」

「それはまだなんとも・・・・・。だってちゃんとした形でお話ししたのは昨日が初めてだし、今はお互いの事をあれこれとお話ししながらさくらさんの人となりや考えを知る時期と云う感じかしら。」

と言う穂波だったが、その頃さくらも帰り支度をしながら京子と昨日のお見合いについて色々と話し込んでいた。

「ねえさくら、昨日は看板の時間までバーで園田さんと呑んで話し込んだなんてよっぽどお互いにウマが合うみたいね、ふふふ。」

「ママそうなの。とっても穂波さんって話しやすかったし、それだけじゃなくて美人で性格も奥ゆかしくておしとやかだし、それにお花や着物が好きらしくてあたしと似てるなーって。」

「で、さくらはこれから園田さんとどうしたいの?。」

そう言われてさくらは少し沈黙して間を置きこう言った。

「うん、まずはまだ話し足りないし、もっと穂波さんの事が知りたいの。それで・・・・・。」

「それで?。」

「あたしまた来週も小瀬戸島に行くわ。いいでしょ?。」

そう言うとさくらはフロントに内線電話を掛けて来週末の宿泊の予約を取り、そして部屋だけでなく他の宿泊客に取られないようにと穂波をバーシトラスでのキャストとして指名したのだった。

「これだけ話してて気の合う人はそうそう居ないわ。しかも頭もよくて着物美人だし、穂波さんって本当に素敵な”女性”だわ・・・・・。」

と言うさくらの目は「恋する乙女」そのもので、穂波の事は女性として、そして恋愛対象としてとしか見れなくなっていた。

そう、さくらは恋に落ちていたのだった。それも一目ぼれに近い感じで。

一方の穂波の方も自分の中でさくらへの想いが募り始めていた。

「さくらさんってきれいだし、あたしたちのようなマイノリティにも分け隔てなく親身になってくれて心強い人だわ・・・・・。」

そんな風にさくらの事を想っている時の穂波の表情はやはり同じく「恋する乙女」そのもので、悠子をはじめとした同期はもちろん、周囲の誰から見ても恋に落ちているのが分かるくらいだった。

研修生はスマホ・PCに触る事は厳しく制限されているが、さくらだけでなく京子からもたってのお願いと云う事で特別に時間を決めて館内の図書室にあるビデオライブラリー観賞用のパソコンで週明けから穂波はさくらとビデオチャットをする事が許された。

さくらも仕事やLGBTQの活動が忙しいのでそんなに長い時間ではなかったものの、お互いビデオチャットとは言え顔を見ながらの会話を満喫し、そして更にそれぞれ相手への恋心を強く募らせたのだった。

そしてあっという間に一週間が経ち、再びさくらが小瀬戸島にやってきた。
今度は京子はおらず一人での訪問だったが、なんとさくらは家から着物を着てやってきて、先週同様「さくら」と云う名前にちなんで淡い桜色の小紋を着たさくらを穂波も着物を着て保養所の玄関先で出迎えた。

「ようこそ、さくら様。お忙しいのにわざわざ小瀬戸島までまたお越しいただいて恐縮です。」

「いえいえ、わたしこの島がとっても気にいりましたもので。うふふ。」

さくらが気にいったのは島だけでなく穂波の事も気にいったからまたやってきたのだが、遠路はるばる家から着物を着てくるとはさくらの相当な気持ちと気合を穂波はもちろん一緒に出迎えた他の社員・研修生も感じていた。

しかもさくらは忙しい中なんとか時間をやりくりし、本土から出る夕方の最終便のフェリーでやってきてまた翌朝の初便のフェリーで東京に戻ると云う「弾丸ツアー」的なスケジュールで小瀬戸島に来ていたのだった。

荷物はメイドに部屋へ運ばせ、夕飯時でもあったのでさくらは穂波と連れ立って直接ダイニングルームへと向かってさっそく二人で夕食を取り、食事が済むとそのままバーシトラスに移動して夜更けまで楽しそうにおしゃべりに興じ、二人きりの時間をとても満喫していた。

保養所はビューティービーナスの社員の福利厚生のための設備なので社員は割安に泊まる事ができるが、それ以外のお客は百合花俱楽部の社員であっても「ビジター料金」という事でちょっとしたリゾートホテルの相場価格くらいの割高な料金設定になっているし、東京からの交通費も結構掛かる。

加えてバーシトラスで食後に飲んだり、更に穂波を指名料まで払ってキャストとしてキープしたりすれば更に決して安くない金額が要る。

さくらは弁護士なのでそれなりの収入はあるのだろうけど、実質ほんの数時間のために東京から高いお金を払って穂波に会いに来るさくらの本気度は表情や会話の内容、また穂波への仕草や接し方から相当に高いものだと本人だけでなく周囲にも感じさせていた。

翌朝、さくらはここしばらくは顧問契約を結んでいる会社の株主総会や抱えている訴訟の公判があるけれど、それが一段落しそうな再来週の週末にまた小瀬戸島にやってくると言い残し、まだ夜が明けたばかりで薄暗く、冬らしく冷たい潮風の吹く島の港からフェリーに乗って東京に戻っていった。

島から遠ざかっていくフェリーを見ながら穂波は少し寂しさを感じながらも楽しかった昨夜のさくらとの出来事を思い浮かべつつ、結婚と云う事に真剣に向き合う必要性と覚悟を感じていた。

(つづく)






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