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日本のアイドルをベンチマークした韓国アイドル

K-POPアイドルと言えば、韓国や日本のみならず、海外にも進出して人気を得ていますが、元々はすべての韓国芸能会社が最初から海外進出を積極的に模索したわけではありませんでした。 1990年代前半~中盤まで韓国は国内音楽市場が成長し、200万枚以上のアルバム販売量を保有した歌手が多数出てくるほどだったため、海外進出の必要性を感じておらず、アイドルも国内のみで売り出していた。しかし、1990年代後半、韓国にIMF経済危機が来て状況が変化して、経済危機克服過程で新産業としてITが脚光を浴び、政府が支援しながら社会全体が急速に情報化時代に進入する過程で音源市場が活性化し(違法音源の複製も多いため、市場収益構造が安定化するまで企画会社の立場では大きく収益にならなかった。)、アルバム市場が急速に衰退すると韓国需要だけでは耐えられなくなり、中国や日本など海外進出を積極的に模索して成果を出しながら他の企画会社も外国進出を積極的に模索することになった。

韓国のアイドルは本来は、海外アイドルをベンチマーキングして成長をしていったというのが正確なのですが、一部の韓国芸能会社たちは日本のアイドル文化を面白がって模倣するといった事例もありました。今回は日本側のアイドルから影響を受けたその一部の韓国アイドルをご紹介したいと思います。

●セトレ 

少女隊(1984年) / セトレ(1988年)

1980年代後半に韓国でデビューした女性アイドルグループ
日本のアイドルグループ・少女隊のコンセプトに沿って結成され、グループ名はメンバー全員が159cmの身長で19歳の同い年という意味で名付けられた。同じ3人組の男性アイドルグループだった「ソバンチャの女性版」として活躍したが、当時は¨アイドル¨および¨K-POP¨という言葉が使われていなかった時代であり、活動も短期間だったため、「日本のアイドルを模倣した企画モノユニット」と見る方が正確である。

●夜叉

光GENJI(1987年) / 夜叉(1990年)

1990年にデビューした韓国の男性アイドルグループ
白頭山のメンバーだったユ・ヒョンサンがプロデューサーを務め、日本のアイドルグループ・光GENJIをベンチマークしてローラースケートを履いて踊るコンセプトをそのまま模倣した。1980年代後半~1990年代にかけて人気を博していた音楽番組「若さの行進」でバックダンサーを務めていたメンバーによって結成され、同番組ではオープニングで登場し、パフォーマンスを披露していた。

●S.O.S

CoCo(1989年) / S.O.S(1993年)

1993年にデビューした日韓合作の女性アイドルグループ
韓国のサムファプロダクションと日本のポニーキャニオンによって設立された「サムフォニーレコード」所属で日本の女性アイドルグループ・CoCoのような路線を目指していた。当時としては珍しかった韓国と日本を並行しての活動を試み、日韓合同グループだけあって日本語版の楽曲も存在する。

フジテレビ「アジアNビート」に出演したS.O.S

1994年から1998年まで放送されていたフジテレビの深夜番組「アジアNビート」に出演していたことがある。しかし、大きな人気を得られず1994年に2集を発表した後、グループは解散。1980年代後半に活躍したセトレと同様にこちらも「期間限定のアイドルユニット」といった印象が強い。

●COCO

Wink(1988年) / COCO(1994年)

1994年にDSPメディアからデビューした女性アイドルデュオ
ZAMのメンバーだったユン・ヒョンスクと1730のメンバーであったイ・ヘヨンによって結成され、当時、韓国でも有名だった日本のアイドルデュオであるWinkをベンチマークし、グループ名は5人組の女性アイドルグループのCoCoから取ったものである。1集ではある程度の人気を得たが、2集では大きな人気を得られず解散したため、一発屋のイメージが強い。

●TIN TIN FIVE

SMAP(1991年) / Tin Tin Five(1994)

1994年にデビューした5人組の男性コメディアングループ
韓国の放送局であるSBSに所属していた男性コメディアンによってテレビ番組から結成された。日本のアイドルグループ・SMAPのように「お笑いもこなせる歌手グループ」としてアイドル的な人気を獲得した。彼らの代表的なギャグに「ロボコップ」や「アカペラギャグ」などがあり、SMエンターテインメント所属のSUPER JUNIORはティンティンファイブの路線(お笑い&バラエティ要素)を受け継いだグループである。

●1TYM 

DA PUMP(1997年~現在) / 1TYM(1998年)

1998年にYGエンターテインメントからデビューした男性アイドルグループ
デビュー当時からメンバーたちが作曲、作詞といったアーティスト的な要素を強調しながらも10代の青少年たちと女性ファンが熱狂する要素を入れてヒップホップミュージシャン+アイドルというイメージを掲げる戦略を活用した。4人組・ヒップホップコンセプトのアイドルグループ・アーティスト的なイメージという点では日本の男性アイドルグループであるDA PUMPを参考にしたという。

●T.T.MA 

SPEED(1996年) / T.T.MA(1999年)

1999年にデビューした5人組の女性アイドルグループ 
NRGと同じくミュージックファクトリーエンターテインメント所属で消防車のメンバー(キム・テヒョンとチョン・ウォングヮン)がプロデュースした。90年代後半に韓国でも知名度が高かった日本の女性アイドルグループ・SPEEDをベンチマークしたガールズグループとして有名である。

SPPEDとT.T.MAのミュージックビデオ 比較 

韓国よりも中国での人気が高く、男性グループのNRGと共に現地での韓流人気に貢献した。活動当時も韓国ではSPEEDに似ているという意見が多く挙がっていたが、5人組でユーロビート調の楽曲を発表していたという点ではFolder5にも似ている。

●UN 

Kinki Kids(1997年~現在) / UN(2000年)

2000年にデビューした2人組の男性アイドルデュオ
Kinki Kidsのような2人組のアイドルであり、第1世代アイドルの全盛時代にデビューした歌手だったため、同時代の他の歌手より人気度はあまり高い方ではなかった。しかし、夏や冬など季節に合った楽曲を発表し、多くの名曲をたくさん残した。

●Dejavu 

SPEED(1996年) / Dejavu(2002年)

2002年にデビューした4人組のガールズグループ
メンバーは全員、10代の女子高校生で構成されており、日本のSPEEDをお手本にしたグループである。デビュー曲の「Run」での活動時は黒い革ジャン衣装やコンセプトに加えて、ミュージックビデオもSPEEDの「Go! Go! Heaven」に酷似していた。

●I-13

モーニング娘。(1998年~現在) / I-13(2005年)

2005年にデビューした13人組の女性アイドルグループ
メンバーの平均年齢は14歳で消防車のメンバーだったチョン・ウォングァンがプロデュースした。日本のモーニング娘。をベンチマークしたガールズグループで、13人という大人数であることも当時、注目を集めた。しかし、大きな人気を得られず1集のみの活動に留まり、一発屋のような形で解散した。

韓国芸能界にとって日本のアイドルを模倣するやり方は人気が長く維持できず、短命で終わることが多かったため、日本のアイドルとは差別化させる必要性があったのです。方向性を変えて海外からの影響を受けた結果が今のK-POPアイドルの路線に繋がったというわけですね。 

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