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今日もいい天気


「クロちゃんはおりこうちゃんでちゅねえ。」
ナガトが文字通りの「猫撫で声」を出しているのを聞いて、ウチムラの背中に鳥肌がたつ。
ナガトは傍らを離れようとしない野良猫に愛想を振りまきながら、青い海に仕掛けを投げ込んだ。

九州のとある島での二泊三日、受験前の有志修学旅行。参加者が決して多くはないこの旅行だが、あるものは「釣りコース」、またあるものは「ハイキングコース」に別れて各々僅かな青春のひと時を謳歌していた。

子供の頃、散々釣りをした経験があるウチムラは、魚を釣り上げるという行為にはもはやさしての興味はない。ただ海辺に寝転がり、釣れたり釣れなかったりと、同級生のはしゃぐ様子をみるともなく見ていた。

空も海も、どこどこまでも青い。

幼くして父親と別れたためか、釣りを経験したことのないナガト。それを知ってか、熱血で知られる担任教師は付きっきりで餌の付け方、仕掛けの投げ方、リールの巻き方に至るまで濃厚な指導を行った。その成果あってか、ナガトは今やいっぱしの海の男になったような顔で意気揚々と釣り糸を垂れている。グラサンが陽の光を受けて輝く。

島の時間はゆっくりと流れる。痩せたクロネコはナガトの側に寄り添い、ひたすらに海を見ていた。

「クロちゃんはおりこうちゃんだから、よいこわるいこがわかるんでちゅね。おい。ウチムラ、見たか。『わるいこ』を怖がって、クロちゃんはお前に寄り付かんではないか。」

「僕が善人か悪人かは別として、その猫は餌が欲しいだけだと思うがね。」

「ぬな。何をいうか。俺は餌などやってはおらぬ。これは利害関係を超えた、俺とクロちゃんの心の繋がりのなせる技や。」

「今にわかるさ。」
そう言った直後、ウチムラは思った。(ああ、ナガトは釣りをしたことがなかったんだな。)その理由に思い当たった時、ほんの少し、苦い思いがよぎった。

と、
「ん!?何かが起きとるぞ!?これはなんや!?」
ナガトが不思議そうに声をあげた。見れば、ナガトの竿は二回、三回と海に向かってしなっている。

「おい!掛かってるぞ!リールを巻け!」

ウチムラの短い指示に、ナガトのテンションが一気に上がる。まるでカジキマグロか何かを釣り上げている時のような激しい前後への上半身の動き。グラサンの奥の真剣な眼差し、飛び散る汗。ナガトの脳内は完全に、「大自然と戦う海の男」のそれであった。

「おっしゃー!」
高々と釣り糸を掲げた、海の男の右手、その先に、太陽の光を反射してキラキラと輝く魚が身を捩らせていた。ボラだ。そして、ナガトの初めての獲物だ。

その瞬間!「クロちゃん」はジャンプ一番、まるでロケットのように跳ね上がり、ナガトの「初めて」を咥えると、一目散に何処かへ走り去っていった。

悄然としたナガトの後ろ姿。その後ろに広がる大きな空を眺めたら、白い雲が飛んでいた。
裸足で駆けて行くには強すぎる日差しがジリジリと埠頭を焼いている。


「ハイキングにすれば良かったか。」
ウチムラはつぶやいた。

(了)

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