見出し画像

予防接種とワクチン⑤ ワクチンの組成

今はいろいろな情報が出回っているので、「この薬は飲みたくない、雑誌に飲んではいけないと書いてあった」とか「ネットにこの薬は副作用が強いからだめってあった」など、たまに言われることがある。

ワクチンも例にもれず、「水銀が入っている」「ホルマリンが…」などで不安に思われる方もいる。

確かに水銀やホルマリンも利用されているが、目的があって入っている。意味なく混入したものではない。

■主成分

ワクチンの主成分は抗体を獲得するための病原体だ。
この主成分の種類によって、ワクチンは3つに分類される。

①生ワクチン
弱毒化されたウイルスや細菌が含まれており、自然に罹患した場合とほぼ同じ免疫をつけることができる。ただ、接種後に体内で増殖する能力は残っているので発熱などの症状がでることがある。
 例)MR(麻疹風疹)ワクチン、水痘ワクチン、BCGなど

②不活性化ワクチン
ウイルスや細菌を不活性化したもの。生ワクチンと違って完全に不活性化されているので、実際に罹患することはない。抗体が病原体として認識できる「エピトープ」と呼ばれる部分を主に取り出して用いている。
しかし生ワクチンよりも免疫がつきにくいため、複数回接種の必要があったり、ワクチンに工夫がなされている。
 例)インフルエンザワクチン、DPT-IPV四種混合ワクチンなど

③トキソイド
病原体が増殖する過程で生じる毒素を無毒化したもの。不活性化ワクチン同様、免疫獲得を増強する工夫が必要になる。
 例)破傷風ワクチンなど

■ワクチンに含まれる主な添加剤

主成分以外にも、安定性を高めたり効果を強くするために添加されている物質もある。

代表的なものを一覧にまとめてみる。

画像1


防腐剤(保存剤)は、ワクチン自体の保存性を高めるために必要。
安定剤は抗原の凝集や損傷を防ぐ。
緩衝剤はpHの変化による抗原(タンパク質)の変性を防ぐ。
等張化剤は体液の浸透圧に合わせるため添加されている。
分散剤は界面活性剤の一種で、液内を均一にさせる働きをもつ。

見慣れないのはアジュバントだと思う。
ワクチンにおけるアジュバントは、抗原と一緒に投与することによって免疫原性を高めるものを指す。アジュバントが入ることで免疫獲得しやすくする。
特に不活性化ワクチンはアジュバントが必要で、これを加えることでワクチン内の抗原量を減らしながらワクチン接種回数も減らすことができる。

一方でアジュバントは自然免疫系を刺激するので、接種後に自己免疫疾患を発症するという仮設もある。
しかし、今のところ、因果関係が肯定された報告はない。

もう少し詳しく成分をみてみよう。

■アルミニウム塩(アジュバントとして使用)

化学処理され病原体の一部を抗原とする不活性化ワクチンや毒素のみのトキソイドでは、サイズの小ささから認識されずに、期待される免疫を獲得できない場合がある。
そこでアルミニウム塩が使用されるようになった。
アルミニウム塩がアジュバントとして使用され始めたのは1920年代で、実に100年近く使用されてきた経験がある。

アルミニウムがどのように作用しているかは、詳しくまだわかっていないようだ。
仮説として、接種後に抗原や体内のタンパク質などの物質がアルミニウムに凝集され、難溶性の微粒子を形成し、自然免疫のマクロファージなどの標的になりやすくなり、T細胞やB細胞などの獲得免疫が活性化すると考えられている。

経口摂取ではアルミニウムはほとんど接種されないが、注射されることによる毒性を危惧する方もいる。確かにアルミニウムの凝集作用は無差別で選択性がない。
注意が必要なのは、腎機能が低下している方。
1970年代に透析患者でアルミニウム脳症がおこったこともある。

ただ、これまで使用されてきた歴史によって安全性は担保されているといえる。これまでの安全性情報に基づき、腎機能低下例を避ければ問題ないだろう。

■チメロサール(防腐剤として使用)

チメロサールとは商品名で、成分はエチル水銀チオサリチル酸ナトリウムである。簡単に効果を説明すると、ベンゼン環についている「S(硫黄)」と「Hg(水銀)」は外れやすくなっている。細菌のタンパク質には「ーSH(チオール基)」を含むところがあり、ここにエチル水銀が結合して阻害することで殺菌効果を発揮する。

画像2

その歴史は古い。
1920年代、バイアルには数人分のワクチン液が入っており、その都度針を刺して接種していた。ここで黄色ブドウ球菌が混入し、接種により死亡した事例が報告され、防腐剤としてチメロサールが添付されるようになった。

ここで、メチル水銀とエチル水銀(チメロサール)の違いを書いておく。
水俣病の原因にもなったメチル水銀と、エチル水銀は炭素(-CH2-)1つの違いであるが、体内動態は大分異なる。
メチル水銀の半減期(ざっくり言うと体から半分量排出されるまでの期間)は1ヶ月以上なのに対し、エチル水銀は約1週間である。メチル水銀は体内に蓄積されていくことで毒性を示す。

1999年、米国の予防接種スケジュール改正により、生後6ヶ月までに受けるワクチンに含まれるチメロサールの量が問題になり、米国小児科学会と米国公衆衛生局はワクチンにチメロサールを可能な限り添付しないことを勧告する共同声明を発し、WHOもこれを支持した。
このときに問題になった量は、米国環境保護庁により定められている「メチル水銀」の曝露許容量をもとにされている。安全性を重視し、メチル水銀の基準値を採用したのである。

現在では使用量も減り、完全に防腐剤が排除されたワクチンもある。

なお、チメロサールは自閉症との因果関係が議論されていた時期があったが、大規模な疫学調査により、その因果関係は否定されることとなった。

■ゼラチン(安定剤として使用)

ワクチンの長期間の安定性を保つために安定剤が添加されている。
その1つがゼラチンである。

ゼラチンはアナフィラキシーが問題になったことがある。

アナフィラキシーが起こったのはDPT(ジフテリア・百日咳・破傷風)三種混合ワクチンで、微量に含まれていたゼラチンが原因であった。

ゼラチンがアジュバントと一緒に複数回摂取されることで、アレルギー感作が増強され、その後ゼラチンを含む生ワクチンが接種された際にアナフィラキシーを引き起こしたことがわかった。

現在は、ゼラチンの除去、低分子化によりアナフィラキシーの報告は減少している。

■ホルマリン(安定剤として使用)

ホルマリンをワクチンに加える目的は、主成分のタンパク質の高次構造の変性による失活と、かたちを維持することである。

ホルマリンというと標本を思い浮かべるかもしれない。一度あの匂いを嗅ぐとなかなか忘れられない。
余談。
私は医学部出身ではないが、医学部が人体解剖実習した後にご献体を触らせて頂いたことがある。
動脈硬化した血管は触れてわかるくらい硬かったし、脂肪肝大量の肝臓も見せてもらった。
貴重な経験だったが、ホルマリンの匂いはその後しばらく鼻に残ったままだった。

ホルマリンはホルムアルデヒドの水溶液。ホルムアルデヒドは4つの原子から成り、単純な構造をしている。分子式はHCHO。

画像3

タンパク質はアミノ酸が連なって出来ているが、高次構造をとって安定した状態になっている。

この高次構造はタンパク質がその機能を発揮するのに重要で、構造が変わってしまうと機能を失ってしまう。こうして機能を失うことをタンパク質の変性といい、加熱したりpH変化を加えることで変性が生じる。

ホルムアルデヒドはタンパク質に架橋(ホルムアルデヒドがタンパク質内の一部を繋いでしまう)を加えることで変性させる。このときに高次構造を残したままなので、形はほとんど変わらない。

この、大体同じ形のものが不活性化ワクチンの病原体やトキソイドとなる。抗体に認識されるには十分な形を保持しているといえる。
しかし、ぴったり同じ形ではないので、生ワクチンほど免疫獲得しにくいのである。

ホルムアルデヒドは耐容一日摂取量も定められており、また微量だが、体内で生成されていることもわかっている。

製剤中に添加されるホルマリンの量は、ホルムアルデヒド換算で0.01-0.025mgと厳密に制限されている。


以上、ワクチンの組成をまとめた。
ワクチンを接種するかどうかは、日本では任意である。その安全性を深く知るために添加剤になにが使用されているかを知ることも重要である。


<予防接種とワクチン>
① 予防接種法
② インフルエンザ
③ ワクチンギャップ
④ 麻疹と風疹
⑤ ワクチンの組成
⑥ 副反応・有害事象


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?