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日米で「核の傘」信頼性強化を 立ち止まっている猶予はない|【特集】プーチンによる戦争に世界は決して屈しない[Part4]

ロシアのウクライナ侵攻は長期戦の様相を呈し始め、ロシア軍による市民の虐殺も明らかになった。日本を含めた世界はロシアとの対峙を覚悟し、経済制裁をいっそう強めつつある。もはや「戦前」には戻れない。安全保障、エネルギー、経済……不可逆の変化と向き合わねばならない。これ以上、戦火を広げないために、世界は、そして日本は何をすべきなのか。

ロシアが核による恫喝を行う中で、日本でも「核共有」導入の議論がされ始めた。核戦争もささやかれる中、抑止力を高めるため、日本と米国は何に取り組むべきなのか。

文・神保 謙(Ken Jimbo)
慶應義塾大学総合政策学部 教授
慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科博士課程修了。シンガポールのS・ラジャラトナム国際研究大学院客員研究員などを歴任。

 ロシア・ウクライナ戦争から学ぶべき安全保障の教訓は多岐にわたる。その中でもロシアがウクライナ侵攻の早期段階から核兵器の使用を威嚇、米国や北大西洋条約機構(NATO)の直接的軍事介入を牽制したことは注目に値する。ロシアは古典的ともいえる地上戦をウクライナ領内で展開しながら、NATOとの直接的な軍事衝突は核戦争に発展することを繰り返し表明し、ロシア戦略ロケット軍を「戦闘態勢」に移行させて公然たる核威嚇を行った。

 米国やNATO諸国が「第三次世界大戦を避ける」としてウクライナに対する直接的な軍事介入を回避する姿勢を強調したのも、ロシアの核威嚇が背景にあることは論を俟たない。

 ロシアはかねて自らの核戦略は厳格な防御的性格を持つと表明してきたが、近年では少数の核兵器を示威的に使用して、核戦争へのエスカレーション(規模拡大)への決意を示し、進行中の戦闘停止を敵に強要し、未参戦国の参戦を阻止する「エスカレーション抑止」の有効性を唱えている。今回、ロシアにより核兵器を用いる威嚇が多用されていることは、こうしたエスカレーション抑止の実践といえる。

 核保有国である中国、そして核・ミサイル開発に邁進する北朝鮮が、今回の戦争における核兵器の役割を積極的に評価していることは確実だ。核攻撃に対する報復能力(第二撃能力)の確保のみならず、紛争規模に応じた戦争遂行のための核兵器使用の有効性に着目し、大小規模の核兵器、多様な運搬手段、柔軟な核運用ドクトリン導入の方向性がすでに示されてきた。

 こうした動向は核兵器使用の敷居を下げ、通常戦力による戦争の各段階と背中合わせの関係として位置付けられることを意味している。中国や北朝鮮は核戦力を、有事における米軍の介入を阻止する手段としてのみならず、日米同盟や米韓同盟を切り離す目的としても用いるだろう。すなわち「東京を守るためにワシントンを犠牲にするのか」と米国の核の傘の有効性を牽制し、「米国を支援すれば日本は核戦争を覚悟すべき」として日本の対米支援を分断することである。

 こうした動向を反映してか、日本国内では安倍晋三元首相の問題提起を契機として、NATOにおける「核シェアリング(共有)」を、日米同盟において導入する議論が高まっている。その意図する内容は論者によってさまざまであるが、根底にある問題意識は……

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