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揺れる日本の雇用環境 人事改革は「人」と組織を生かせるか|【特集】デジタル時代に人を生かす 日本型人事の再構築[Part1]

 日本型雇用の終焉──。「終身雇用」や「年功序列」が少子高齢化で揺らぎ、働き方改革やコロナ禍でのテレワーク浸透が雇用環境の変化に拍車をかける。
 わが国の雇用形態はどこに向かうべきか。答えは「人」を生かす人事制度の先にある。
 安易に〝欧米式〟に飛びつくことなく、われわれ自身の手で日本の新たな人材戦略を描こう。

少子高齢化やコロナ禍を機に、雇用制度を見直す動きが起きている。流行り廃りに流されず、自社の課題を踏まえた人事戦略が必要だ。

文・編集部(川崎隆司)

〝日本型雇用〟は限界を迎えている──。2019年、経団連の中西宏明会長(当時)やトヨタ自動車の豊田章男社長といった財界トップによる、日本の雇用形態を見直す声が相次いだ。「終身雇用」や「年功序列」を前提とした日本型雇用は、少子高齢化で労働生産人口が逆ピラミッドを描くにつれ、〝制度疲労〟が見えてきた。奇しくも、翌20年来のコロナ禍での雇用の喪失やテレワークの浸透は、労働者側の仕事とキャリアに対する考え方にも大きな影響を与えた。

 「社会」と「個人」の変化を起点にしたわが国の雇用の〝転換期〟は、どこに向かうのか。

 経団連などの動きに企業も反応する。従来の日本企業では、「職務遂行能力は勤続年数の経過によって向上する」という「職能給」の考えに基づいて賃金が決められていた。だが近年、欧米企業のように、職務内容や必要なスキルを企業が明確化したうえで、その成果によって賃金を決める「職務給」へと人事制度を転換しようとする動きが増えてきた。20年以降、にわかに注目されている『ジョブ型雇用』の導入もその一環である。

 日本の雇用環境の変化に伴う制度見直しの動きについて、企業の人材・組織開発を専門とする立教大学経営学部の中原淳教授は「人事制度の見直しは企業風土や組織を活性化させる可能性がある一方で、その逆の作用をもたらす恐れもある。流行り廃りに流されず、自社の特徴を把握したうえで、経営判断として実施すべきだ」と指摘する。

 多くの日本企業が共通課題を抱える中、先陣を切って人事制度改革に踏み出した先進企業の〝現在地〟を追った。

「ジョブ型」のトップランナー
日立が抱える今後の課題とは

 日立製作所は、管理職社員に適用している「ジョブ型雇用」を、22年7月より一般従業員にも拡大する。同社は21年度、個々の管理者向けに、職務内容や必要なスキルが明記された約9500枚に上る「職務記述書(ジョブディスクリプション。以下、JD)」の導入を完了しているが、新たに一般従業員向けについても用意する。

 ジョブ型への転換点となったのは08年のリーマンショックだった。同社は将来の経営基盤に対する危機感から、従来の国内製造業から脱却し、グローバルな市場の中で製品・システムを活用したサービスを提供する社会イノベーション事業へと舵を切った。その転換に伴い、国内外の事業所で国籍を問わず協働していくための新たな人事制度を再構築する必要があったという。

 同社人事勤労本部の岩田幸大ジョブ型人財マネジメント推進プロジェクト企画グループ長は、ジョブ型雇用転換の意義について「企業は仕事を『見える化』し、それに応じる形で従業員はスキルを明示することで初めて、グローバルな規模での適所適材を実現することができるようになる」と語る。

 国内16万人、海外19万人の従業員を抱え、間違いなく国内におけるジョブ型雇用導入の先進企業である同社だが、今後に関する課題も残されている。

 「『新卒社員にすぐにジョブ型を適用するか』については現時点では未定だ。また、今回の適用拡大はあくまで『個別JD作成』にとどまり、一般従業員の賃金制度はこれまで通り、『職能給』のままとなる。将来的には、管理職と同様、一般従業員の賃金制度もジョブ型に沿って能力基準から職務基準へ移行したいが、彼らは労働組合員なので組合と議論を重ねていく必要がある」

 組織の〝DNA〟を受け継いでいくことに重きを置きながら、変わろうとする企業もある。ブリヂストンは独自の新人事戦略である「B-HRX」を20年より開始した。この取り組みの一つとして、日本型雇用の特徴でもある終身雇用を前提にさまざまな部署を経験させるメンバーシップ型とジョブ型を組み合わせたハイブリッドな人事運用を目指す。入社後ジョブローテーションによって複数の職場を経験したのち、例えば管理職になったタイミングでジョブ型に移行する。

 同社の江上茂樹HRX推進・基盤人事・労務・総務統括部門長は制度設計の狙いを「職務が明確化されるジョブ型雇用は、新たな事業に適した人材を社内外から獲得しやすくなるなど、変化に応じた事業戦略が立てやすい。一方、入社後しばらくは幅広い業務経験を通じて『タイヤを創って売る』というコア事業を中心とした当社独自の技術・ノウハウといった部分について習得していく期間を設けることも人材育成の観点から重要だと考えた」と語る。また、将来のジョブ型への移行を踏まえ、従来制度では自身のキャリアについて受け身だった従業員に対しても「メンバーシップ型の期間内でも、自律的に自らの適性やスキルの獲得に向けて動いてほしい」との期待を述べる。

「個」の成長を促す「仕事」を
三井物産の新たな挑戦

 仕事(ジョブ)に人を充てる「ジョブ型」とは異なる発想で、人事改革に取り組む企業もある。三井物産は、21年度より新たな人事制度の運用を開始した。「人の三井」で知られる同社の制度コンセプトは、「成長し続ける個人」を生かし、その能力に応じた役割を用意することだ。従来制度では新卒社員に対して入社後6年間の初期教育期間を設け、昇給も横並びで、期間中に異なる事業領域を経験させ幅広く能力開発をしていたが、新制度では同期間を3年に短縮し、早い段階から自律的なキャリア形成を可能とした。

 また、これまでは仮に若手従業員本人が立ち上げた事業であっても、本人の等級が管理職クラスに達していなければ、事業マネージャーなどの役職に就けなかった。このような〝役職キャップ〟を外すため、本人の能力とそれを発揮する役割があれば、所属する事業部の推薦に基づき、管理職クラスの権限と待遇が与えられる「キャリアチャレンジ」制度を導入した。初年度である21年度は20代後半~30代前半の4人の若手社員が、所属する事業部や人事部門のサポートを受けながら、管理職としての仕事に挑戦している。

 これらの人事制度改革の背景や意義について、同社人事総務部の小菅紀子次長は「近年、若手従業員を中心にキャリアに対する意識が多様化し、現行制度による『育成』の時間軸が、彼らが求める成長スピードに追い付いていないという危機感があった」と述べる。

 さらに、22年4月からは管理職クラスを対象に、新たに「エキスパート職」制度を導入する。同制度では、希望する従業員の志向と適性に応じて、高度な専門性に基づいた専属の業務を与えられる。管理職となり部下のマネジメントを担うキャリアパスだけでなく、例えば、特定の国や地域、言語圏における専門的な商品のトレーディングなど、自らの経験やスキルを生かした新たなキャリアの選択肢となる。賃金は成果報酬の割合が増し、同じ役職クラスの標準的な給与モデルと比較して年収は0.75~1.5倍の幅で変動し、課長でも部長クラスの年収を得ることも可能となる。

 「マネジメントか、エキスパートか、それとも事業経営か。〝個〟の強みを生かす仕事やキャリア、働き方を従業員それぞれと一緒に考えていきたい」

 労働法を専門とする早稲田大学大学院法務研究科の島田陽一教授は「〝欧米型〟と一括りに語られるが、米国と欧州でさえ雇用に関する法律や文化は異なり、国の数、企業の数だけ制度がある。経営者・人事はまず『自社事業』『従業員』『社会』の三方が抱える課題を熟考し、制度の構築はその解決を目的とすべきだ」と指摘する。

 従業員をどう育て、いかに生かし、彼らとどのような関係を築いていくか──。特効薬はない。だからこそ、企業は自らの置かれた環境を見つめ直し、その「問い」に対する自社なりの「答え」を用意すべきではないか。

イラストレーション・相田智之

出典:Wedge 2022年4月号

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