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一変したエネルギー安全保障 危惧される「石油危機」の再来|【特集】プーチンによる戦争に世界は決して屈しない[Part6]

ロシアのウクライナ侵攻は長期戦の様相を呈し始め、ロシア軍による市民の虐殺も明らかになった。日本を含めた世界はロシアとの対峙を覚悟し、経済制裁をいっそう強めつつある。もはや「戦前」には戻れない。安全保障、エネルギー、経済……不可逆の変化と向き合わねばならない。これ以上、戦火を広げないために、世界は、そして日本は何をすべきなのか。

ロシア産天然ガスの供給途絶への恐れから、エネルギー市場が不安定化している。日本もまた、エネルギー安保を見直す必要に迫られている。

文・小山 堅(Ken Koyama)
日本エネルギー経済研究所 専務理事・首席研究員
1986年早大大学院経済学研究科修士、エネルギー経済研究所入所。英国ダンディー大学博士課程修了(PhD取得)。2020年より専務理事。研究分野は国際石油・エネルギー情勢、エネルギー安全保障問題。

 ロシアによるウクライナ侵攻と、極めて厳しい対露経済制裁の実施で、国際政治・安全保障・世界経済の安定が根底から揺さぶられている。同時に原油価格や欧州ガス価格などが高騰し、国際エネルギー市場が著しく不安定化している。

 原油価格は3月7日に瞬間風速で130㌦を超え、リーマン・ショック後の最高値を更新した。欧州の天然ガス価格の高騰はさらに凄まじく、同日には原油換算で400㌦を超える暴騰を示した。世界の石油輸出の11%、ガス輸出の25%を占めるロシアからの輸出が大きく低下、あるいは供給途絶が発生するのではないか、との懸念が価格高騰の原因となっている。

 エネルギー価格高騰だけでなく、エネルギーの物理的不足の問題が大きな懸念材料となっている。特にロシア依存度の高い欧州ではこの問題は深刻である。2020年時点で東欧なども含む欧州全体での総輸入に占めるロシアのシェアは、石油で33%、ガス(パイプラインガスと液化天然ガス〈LNG〉の合計)で57%とロシア依存度は非常に高い。特に依存度の高いガスについては、産出国の余剰生産能力や消費国におけるLNG備蓄があまりないことから、ロシアからの供給支障が発生した場合には、入手が難しい「物理的不足」が発生する可能性があり、市民生活や経済への影響は甚大である。

石油とは違い余剰生産能力のない天然ガスは、ロシアからの供給途絶による市場の混乱が危惧される (BLOOMBERG/GETTYIMAGES)

 ウクライナ危機は、1973年の第一次石油危機と類似している面がある。それは、「戦争」と「禁輸・制裁」の二つの要素が同時に存在し、結果としてエネルギーの物理的不足が深刻に懸念される、という点である。第一次石油危機の際には、第四次中東戦争でアラブ諸国とイスラエルが戦い、アラブ産油国が先進国に対する「アラブ禁輸」を実施した。石油供給削減の脅威に直面した日本は、米国の反対を押し切り、石油確保のためそれまでの親イスラエル政策を転換した。

 もう一つの共通点として、第一次石油危機とウクライナ危機では、危機の前から国際エネルギー需給が逼迫しエネルギー価格が高騰していたこと、消費国がエネルギー輸入依存と特定供給源への依存(第一次石油危機の場合は中東依存)にあったことがある。

 第一次石油危機が契機となって、先進国はエネルギー安全保障政策を強力に推進し始めた。それと同様、今回のウクライナ危機で、主要消費国において再びエネルギー安全保障政策強化が最重要課題となっている。

 特に、ロシア依存度が高く、万一の供給支障・途絶発生の際の打撃が大きくなる欧州で、これまでにない強力なエネルギー安全保障対策が実施されようとしている。欧州連合(EU)は……

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