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未来を担う子どもたちのため 読解力育成は大人の責務|【WEDGE OPINION】いま、子どもたちに教えるべき本当の教科とは[PART1]

 日本の教育の迷走が叫ばれて久しい。
 経済、社会、国際情勢など、大変革期にある現代社会において、日本の未来を担う子どもたちのために、われわれ大人が果たすべき役割は何か
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 かつて、中央区立泰明小学校長を務め、全国連合小学校長会顧問を務める著者は「読み聞かせ」と適切な「平和教育」を挙げる。その具体的な内容とは。

文・向山行雄(Yukio Mukoyama)
敬愛大学教育学部教授・教育学部長
全国連合小学校長会顧問。1950年東京生まれ。73年横浜国立大学卒業。東京都公立小学校教員、東京都教育委員会指導主事、品川区教育委員会指導課長、中央区立泰明小学校長、全国連合小学校長会会長、帝京大学教職員大学院教授などを経て現職。主な著書に『平成の学校づくり─日本の学校のチカラ─』(第一公報社)など。

OECDの試験での日本の子どもの読解力順位は低下しているが、読書環境はむしろ改善されてきた。家庭での読み聞かせなど、社会全体で文章や情報を吟味し理解する力をつけさせることが重要だ。

 全国の学校に、コロナ禍の2度目の春が来た。新学期が始まり2週間。重いランドセル姿の小学校1年生も、学校への道に慣れてきた頃だ。

 日本の学校は、およそ10年に1度、学習内容や方法を改訂する。小学校は昨年度から、中学校では今年度から実施する。

 今回の改訂で「生きる力」の育成を踏まえて、育てる「資質・能力」を3つの柱に整理した。全国の学校では、数年前から改訂作業の円滑な実施に向けて準備をしてきた。コロナ禍での様々な対策をしつつ、新しい教科書や通知表づくりにも取り組んできた。

 例えば、国語では、「語彙指導の改善・充実」に取り組む。中央教育審議会答申で、「小学校低学年の学力差の大きな背景に語彙の量と質の違いがある」との指摘に基づく。各学校は、「語句の量を増やすこと」「語句のまとまりや関係、構成や変化について理解すること」という内容で実践する。

 かつては、抽象的な内容の多くなる小学校4年生頃から学力差が生じてきた。算数で、少数や分数の計算、社会科で全国各地の様子を学習する学年である。いわゆる「10歳の壁」も話題になったことがある。

 しかし、近年では、小学校低学年での学力差、それも語彙の量と質の差が課題になっている。この背景には、子どもを取り巻く社会の大きな変化がある。幼い子どもの学力差は、大人の責任である。保護者も教育関係者も、この難題に立ち向かわなければいけない。

 昨今、文庫本や週刊誌を買い求めて列車に乗る人が減ったのであろうか、東京駅の駅ナカ書店の平台と棚が減少した。電車の中でもスマホばかり、書物を開く人の姿は稀である。

 小学館が『小学8年生』という各学年向きの月刊誌を2017年に発刊した。デジタル文字で示された「8」は1にも2にも、5にも6にも見える。つまり、1年から6年までの全学年対応型の月刊誌だ。 

 小学館の『小学5年生』『小学6年生』は1922年に発行されて以来、毎月の発売日には、書店に平積みにされ、子どもたちは我先にと買い求めた。しかし「月刊誌離れ」や他のメディアとの競合等の影響などもあるのではないかと推察する。

OECD調査での読解力成績
どう「解釈」すべきか

  2019年12月、国立教育政策研究所は、「経済協力開発機構(OECD)生徒の学習到達度調査(PISA)』の結果を公表した。PISAは、15歳児を対象に、3年おきに読解力、数学的リテラシー、科学的リテラシーについて実施される。日本は加盟37カ国中で数学的リテラシーは1位、科学的リテラシーは2位と世界トップレベルの成績を安定的に維持している。

 一方、今回の読解力は11位。読解力の成績の推移は、00年から18年までに3年おきに、8位(28、参加国数。以下同)→12位(30)→12位(30)→5位(34)→1位(34)→6位(35)→11位(37)である。調査当初の成績は芳しくなかったものの、その後順調に順位を上げ、12年には第1位となっている。だが、コンピューター使用調査になった15年に順位を下げ、今回さらに低下した。特に、新たに付加された「質と信憑性を評価する」と「矛盾を見付けて対処する」問題の正答率が低かった。

 国立教育政策研究所では、読書活動と読解力の関係について、次のようにまとめている。

○日本を含むOECD全体の傾向として、本を読む頻度は09年に比べて減少傾向
○読書を肯定的に捉える生徒や本を読む頻度の高い生徒の得点が高い
○日本の子どもたちは、読書を肯定的に捉えている

 スマホが中学生や高校生世代に普及して久しい。スマホばかり見ているから「活字離れ」をした。だから、国際調査でも日本の子どもの読解力が低下したのだと決めつけがちだ。本当に、日本の子どもたちは、近年になって本を読まなくなったのか?

 全国学校図書館協議会と毎日新聞社が実施している「学校読書調査」によれば、1カ月に1冊も本を読まない「不読率」は、00年の小学生(4~6年)は16.4%、中学生は43.0%、高校生は58.8%。それが、17年には小学生5.6%、中学生15.0%、高校生50.4%となっている。小学生で約11%、中学生で約28%、高校生でも約8%改善された。

 つまり、ケータイやスマホの所有率が高くなってきても、不読率は着実に低下しているのである。本の内容をしっかりと理解できているのかとの反論もあるかもしれないが、「最近の子どもはスマホのために本を読まなくなった」という言説は妥当ではない。

 ちなみに、1人あたりの1カ月の読書冊数は、00年の小学生6.1冊、中学生2.1冊、高校生1.3冊。17年は小学生11.1冊、中学生4.5冊、高校生1.5冊。小学生では着実に読書冊数が伸びているが、中学生、高校生に上がるほど伸びが鈍化する。

小学生の読書は
習慣化されてきた 

 「不読率」が改善されたのは、文部科学省による読書活動推進の施策や学校関係者の努力によるところが大きい。学校図書館の蔵書の整備、各学校での朝読書の推進、学校司書の配置等、読書活動に関わる条件整備が進んでいる。

国内の学校図書館の蔵書整備、朝読書推進など読書活動に関わる条件整備が進む。(写真は国際教養大の中嶋記念図書館) (THE MAINICHI NEWSPAPERS/AFLO)

 読解力とは、教科書に書かれている作品の読み取りや登場人物の心情を慮る力と捉えがちだ。しかし、PISAの読解力は「情報を探し出す」「理解する」「評価し、熟考する」項目を調査する。しかも、これをパソコン上の画面で回答する。つまり、我が国のこれまでの伝統的な「読解力」の考え方とは大きく異なるのである。

 PISAの調査が公表されるたび、メディアなどを中心に不安視する向きもあるが、順位が下がったとはいえ、日本は世界に冠たる学力があると言える。したがって調査結果は多面的に見るべきである。

 18年調査で回答した15歳の子どもは、09年に小学校に入学した。小学校低学年時代は、筆者が小学校長を務めた時期と重なる。

 上り新幹線が東京駅に到着する寸前、進行方向右手に3階建ての小学校の校舎屋上がチラリと顔を出す。銀座にある泰明小学校だ。私が校長を務めていた時代、本好きの子どもが多かった。学校も家庭も読書を奨励した。本を片手に登校する子どもも多かった。文科省の全国学力調査では特に国語の応用力を問う問題(B問題)の成績がよかった。進学教室の試験で全国1位の成績の子どももいた。私の校長時代の小学生は、成人になった。過日その祝いの集いがあった。かなりの子どもたちが、いわゆる有名大学に進学していた。

 読解力の育成には、家庭の環境要因も大きい。例えば、国語のB問題における正答率の高い「A層」は、正答率の低い「D層」に比べて、家庭での「絵本の読み聞かせ」で16.2ポイント、「本の感想を話し合う」で17.9ポイント、その実施している割合が高い(下図)。小学校時代からのこうした家庭の文化的環境の差が、後年にも影響を及ぼす。

学力調査における正答率の高い子ども
の親が相対的に多く実施していること

(出所)平成29年度文部科学省委託研究・お茶の水女子大学 「保護者に対する調査の結果と学力等との関係の専門的な分析に関する調査研究」を基にウェッジ作成。数字は正答率の高いA層と低いD層のそれぞれの家庭で実施していると答えた割合の差

昔話から言葉と触れ合う
子どもの読解力育成のコツ

 今回のPISA調査で読解力が低下した原因の1つが、学力の下位層が増加したことにある。我が国の子どもたちの読解力向上には、下位層の子どもはもちろんのこと、多くの子どもへの支援が欠かせない。しかし、「家庭での読み聞かせ」1つとっても、すべての保護者にそれを励行するように求めるのは至難の業だ。

 だが、かつて日本には藩校があり、論語などの素読を行わせていた。有名な福島県・会津の日新館では、じゅうの掟として「ならぬことはならぬものです」などということを幼い頃から教えていた。子どもの頃は意味が分からなくてもいい。そうした人生訓や倫理などに触れることはその後の人生の肥やしになる。また昔話を読み聞かせることで、豊かな言語との触れ合いも増やすことができる。こうした重要性を理解することがまず必要だ。

福島県・会津の日新館では、什(じゅう)の掟として「ならぬことはならぬものです」などを幼い頃から教えていた (AFLO)

 中学校・高校での学力は、膨大になった教科書の内容を「早く確実に読み取る」能力が大きく左右する。貧困など家庭での課題を抱えている子どもはもちろんのこと、多くの子どもの、読解力を育てたい。

エストニアの子どもの
読解力が伸びる理由

 OECDは、00年から18年の長期トレンドで見ると日本の読解力は「平坦」タイプとしている。つまり、約20年間で統計的に有意な変化は見られないという分析である。ちなみに「下降」はオーストラリア、フィンランドなど。「上昇」タイプはエストニアである。

 ロシアとの地政学的な緊張関係にあり、サイバーテロへの備えが強固なバルト海の小国エストニア。子どもの読解力の伸びも著しい。「国家を自分たちで守る」との強い意志が子どもの読解力向上にも表出している。

 古今東西、自国を守る気概のない国家は、没落する運命にある。日本がそうならないことを願いたい。現代は情報過多でありながら、先行き不透明の時代である。情報を取り出し、吟味し、判断する力が身につかないと、「正しい知識」は身につかず、表層的な事象で感情的な判断をしてしまうことに繋がる。

 それにメディアが追随し、安易な大衆迎合路線がはびこると、先の大戦のドイツや日本の二の舞になる可能性すらある。今後世界における日本の立ち位置はより複雑に、難しいものになっていく。国を担う子どもたちのためにも、多くの語彙に触れさせるべきだ。

 情報の収集や理解、評価、熟考というPISA型読解力の育成は大きな課題である。母国日本語の理解と読解力育成は、私たち大人に課せられた重要な使命であると考える。学校に加えて、家庭や社会全体で醸成していかなければならない。

出典:Wedge 2021年5月号

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