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一国の盛衰は半導体にあり ロボティクス市場を制覇せよ|【特集】諦めない経営が企業をもっと強くする[Part5]

日本独自の技術・組織・人を守れ

かつては日本企業から世界初の新しいサービスや商品が次々と生み出されたが、今や見る影もない。その背景には、「選択と集中」という合理化策のもと、強みであった多くの事業や技術を「諦め」てきたとの事実が挙げられる。
バブル崩壊以降の30年、国内には根拠なき悲観論が蔓延し、多くの日本人が自信を喪失している。
だが、諦めるのはまだ早い。いま一度、自らの強みを再確認して、チャレンジすべきだ。

かつて、世界を席巻した〝日の丸半導体〟。だが、今や見る影もない。ミスター半導体が復活への道筋を提示する。

文・牧本次生 Tsugio Makimoto
半導体産業人協会 特別顧問
1937年生まれ。東京大学工学部卒業、スタンフォード大学電気工学科修士、東京大学工学博士。日立製作所半導体事業部長、ソニー執行役員専務などを歴任。近著に『日本半導体 復権への道』(ちくま新書)。


 日立製作所、ソニーで半導体事業を率い、1996年には10年にわたって続いた日米半導体協定を終結させる交渉に携わった〝ミスター半導体〟こと、牧本次生氏。「一国の盛衰は半導体にあり!」と、喝破する。日本の半導体の再興には何が必要なのか聞いた。

 「(半導体分野で)米国は再び世界を主導する」

 バイデン米大統領は8月9日、半導体の製造・研究開発に約520億㌦(約7兆円)の補助金を投じる「CHIPS法(半導体支援法)」の署名式典の演説で、その意義をこう強調し、米国の半導体生産・研究開発などにかける本気度を内外に示した。

CHIPS法の署名に向かうバイデン大統領。歴代米国大統領の半導体への関心は並々ならぬものがある (TOMWILLIAMS/GETTYIMAGES)

「一国の盛衰は半導体にあり」

 私は、さまざまな場面で繰り返しこの自説を訴えてきた。今回のバイデン大統領のように、米国の歴代大統領が、メディアを通じて半導体の重要性を国民に呼びかける場面を私はこれまでに何度も見てきた。そのたびに、日本の首脳との違いを思い知るのである。

 この日米の違いはどこから生まれるのか。端的に言えば、「半導体とは、米国の歴史そのもの」だからであろう。

 米国は1940年代に世界で最初にトランジスタを開発し、50年代には集積回路(IC)を発明した。これらの分野ではそれまで、半導体より10倍以上も大きい真空管を用いていたが、非常に重く、仮にロケットの制御システムを真空管で製造すると遠くに飛ばすことができなくなる。ミサイルも同様である。その点、半導体は非常に小型かつ信頼性が高く、半導体産業の黎明期、米国は軍需・宇宙産業に積極的に活用した。ケネディ大統領が提唱した「アポロ計画」の遂行にも、ICが重宝された。また、米ソ冷戦の時代にあっては、大陸間弾道ミサイルをどれだけ遠くへ飛ばすかが大きな課題だったが、それには高品質の半導体が極めて重要であり、そのニーズは次のような言葉で表現されていた。

米国にとっての半導体は
国の防衛の基本

 「One pound lighter, one mile further(ミサイルを1㍀軽くできれば、さらに1㍄遠くまで飛ばせる)」

 つまり、米国においては、「半導体こそが国の防衛の基本であり、要である」という認識が染みついているのである。そう考えると、昨今の半導体を巡る米中の主導権争いの理由が自然と理解できる。

 一方、戦後の日本には軍需産業はなく、半導体の応用分野は必然的に民生分野に限られていた。こうした点も半導体に対する米国と日本との根本的な危機意識の違いとなって表れているのかもしれない。

 昨今では、世界的な半導体不足や米中半導体摩擦(戦争)の報道などの影響によって、日本国内でも半導体への関心は高まりつつある。また、半導体受託生産(ファウンドリ)の世界最大手・台湾積体電路製造(TSMC)の熊本県での工場建設のニュースや7月末に行われた日米外務・経済閣僚協議「経済版2プラス2」では、日米が次世代半導体の研究開発拠点を日本国内に新設し、回路線幅2㌨メートル(㌨は10億分の1)の半導体の共同開発が進められることが決まるなど、明るい話題もある。

 それでも、日本の半導体産業は、90年代以降、徐々にその地位が低下し、「絶滅危惧」となりつつあり、官民連携での強力な開発体制を推進しなければ、このまま衰退し続けるであろう。

 だが、半導体を失っては、日本に明るい未来は訪れない。分水嶺に立つ今だからこそ、……

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