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行き詰まる習近平の台湾政策 台湾海峡危機で改めて露呈|【WEDGE SPECIAL OPINION】台湾統一を目論む中国  「有事」の日に日本は備えよ[PART2]

今年8月のペロシ米下院議長の訪台に、中国は大規模な軍事演習で応えた。「台湾有事」が現実味を増す中で、日本のとるべき道とは何なのか。中国の内情とはいかなるものか。日本の防衛体制は盤石なのか。トランプ政権下で米国防副次官補を務めたエルブリッジ・コルビー氏をはじめ、気鋭の専門家たちが、「火薬庫」たる東アジアの今を読み解いた。

ペロシ米下院議長の訪台に伴い「第4次台湾海峡危機」が勃発した。その事態を詳しく読み解けば、習近平政権の苦境が見えてくる。

文・飯田将史(Masafumi Iida)
防衛省防衛研究所 米欧ロシア研究室長
慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科博士課程単位取得退学後、防衛研究所に入所。スタンフォード大学修士(東アジア論)、同大学客員研究員、米海軍大学中国海事研究所客員研究員を経て、2020年より現職。専門は中国の外交・安全保障政策。


 米国のナンシー・ペロシ下院議長が台湾を訪問し、蔡英文総統と会談したことに対し「内政干渉」だと強く反発した中国は、ペロシ氏が台湾を後にした翌日の8月4日からおよそ1週間にわたって、「空前の規模」(2022年8月5日付『人民日報』)となる実戦的な軍事演習を台湾周辺の海空域で実施した。とりわけ演習初日には、台北付近の上空を通過したものも含めて複数の弾道ミサイルを台湾の沿海に着弾させた。

台湾を取り囲むように行われた中国の軍事演習

(出所)防衛省資料などを基にウェッジ作成

 また、暗黙の境界線とされていた台湾海峡の中間線を越えて多数の戦闘機を台湾側へ進出させ、最新の多連装ロケット砲を台湾海峡に撃ち込むなど、「米国と台湾の結託に対する厳しい威圧」(中国国防部報道官)を加えたのである。今回の中国による演習で高まった軍事的緊張は、「第4次台湾海峡危機」とも呼ばれている。

 中国は1995年から96年にかけても台湾の周辺海域に弾道ミサイルを発射したり、大規模な上陸演習を行うなどして「第3次台湾海峡危機」を引き起こしていた。このときは米軍が2つの空母打撃群を台湾周辺に展開して中国をけん制し、中国軍は演習の中止を余儀なくされた。この屈辱を契機として、中国軍は海・空・ミサイル戦力の本格的な強化を開始した。米軍による中国への接近を阻止し、中国周辺地域での活動を妨害する「接近阻止・領域拒否(A2AD)」能力の強化を目指して、中国は軍事力の近代化にまい進してきたのである。

 今回の軍事演習で中国は、前回よりも台湾の領域に近い場所に演習区域を設定するとともに、新たに台湾の東側の太平洋にも演習区域を設けて、そこに5発の弾道ミサイルを撃ち込んだ。この海域は、台湾で有事が起これば米軍の展開が予想される場所である。そこへ弾道ミサイルを着弾させたことは、中国が遠方から空母などを攻撃できる対艦弾道ミサイル(ASBM)を配備していることと相まって、米軍を強くけん制する中国側の意図を示しているといえるだろう。中国のネット上では、8月2日の時点で台湾の東方沖にいた米原子力空母「ロナルド・レーガン」が、中国による演習中には北上して日本近海にとどまっていたことを指摘し、米軍の空母を追い払ったと成果を誇る主張もみられた。

 実際に米空母を追い払うことができたか否かは不明であるが、台湾有事を想定した中国の軍事能力が大幅に向上していることは間違いない。今回の演習で中国軍は、台湾本島を大規模かつ精密に攻撃できる能力や、周辺地域を軍事的に支配して台湾を封鎖する能力などを示した。こうした能力の向上は、「世界一流の軍隊」の建設を掲げて習近平総書記が推進してきた軍改革の成果として喧伝されており、本稿執筆時点で10月半ばに開催が予定されている第20回党大会でも、習氏が引退せずにトップにとどまり続けることを正当化する理由として大いに活用されることになるだろう。

演習の背後に見える
習近平政権の苦境

 今回の軍事演習において、見逃してはならない点がある。今回中国は、ペロシ氏が議員団を率いて台湾を訪問したことに対抗して大規模な軍事演習を行ったとしているが、ペロシ氏の台湾訪問はもともと4月に予定されていたものである。議員団は日本と台湾を訪問する予定であったが、ペロシ氏が新型コロナウイルスに感染したために、直前になって延期されていた。4月にペロシ氏が台湾訪問を計画していることは公表されていたが、この際、中国は強く反発する姿勢や、対抗して軍事演習を行う素振りさえ見せなかったのである。

 そもそも米国の国会議員による台湾訪問は頻繁に行われているものであり、下院議長の訪台にも前例がある。それにも拘らず習近平指導部は、4カ月間で態度を一変させて、8月のペロシ氏の訪台を機に大規模な軍事演習の実施に踏み切ったのである。

 その背景の一つとして指摘できることは、……

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