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世界で強まる広報文化外交 日本はもっと存在感を示せ|【SPECIAL OPINION】激化する宣伝・情報戦 日本は〝アジアの砦〟を自覚せよ[PART-1]

 猛烈なスピードで発達し、世界中の人々にとって欠かせない存在となったソーシャルネットワーキングサービス(SNS)。利用者の誰もが多種多様かつ膨大な「情報」にタイムリーにアクセスできるだけでなく、望みさえすれば不特定多数の相手に自らの主張や思いを発信できる。一国を率いる指導者までもがSNSを駆使して大衆に訴える。そんな光景も珍しくない時代になった。
 受信や発信が容易になった分、多くの人にとって身近になったこの「情報」が、日本が欧米諸国と共有する普遍的価値の一つである「民主主義」に牙をむく事態も発生している。
 宣伝戦も活発だ。特に中国は自国の宣伝を世界各地で展開し、世論への浸透を目論む。孔子学院やメディアを通して仕掛けるその戦法は巧妙さを極めるが、日本の備えは十分とは言い難い。
 これからも日本が世界に対して存在感や影響力を発揮し、価値観を共有する国々にとって信頼に足る〝アジアの砦〟であり続けるためには、国民一人一人の危機意識の醸成と自国を守る体制の構築が急務だ。

9月号OP表紙ヘッダー画像(1280×500タイトル入り)

文・渡辺 靖(慶應義塾大学環境情報学部教授)

文・渡辺 靖(Yasushi Watanabe)
慶應義塾大学環境情報学部教授
1967年生まれ。90年上智大学外国語学部卒業後、97年米ハーバード大学にて博士号(社会人類学)を取得。専門はパブリック・ディプロマシー論、現代アメリカ論。著書に『文化と外交』(中公新書)、『〈文化〉を捉え直す』(岩波新書)など多数。

米中の覇権争いが世界を巻き込み一層激しさを増している。〝日本の価値〟を示すには官民の連携と創造的な戦略が不可欠だ。

 中国共産党が7月で結党から100周年を迎えた。党を率いる習近平国家主席は天安門広場で開催された記念式典で「いかなる外部勢力によるいじめや圧迫も許さない」と強調し、対外的な強権路線を堅持した。

 しかし、この強硬な姿勢からは、習指導部が人民の不満を党に向けさせず、外部に〝敵〟を作ろうと必死になっている様子が見て取れる。

 それが顕著に表れたのが、3月に米アラスカ州で開かれた米中の外交トップ同士の協議である。民主主義のあり方や人権問題をめぐり、双方が相手を批判する展開となった。

 バイデン政権が発足後、初めて対面で行われたこの協議でお互いが一歩も譲らず強い姿勢で相手を非難した背景には、もちろん国際社会に自らの強さや正しさを強調する側面もあるが、自国に向けたアピールという側面も相当程度あった。米国には「人間は政治的にも経済的にも自由であるべきだ」という国是とも言える理念が存在し、それこそが米国を米国たらしめているという信念もある。その意味でもこの協議は決して妥協できないものであった。

 一方、中国からみれば、米国と対等な形で押し問答を繰り広げたという事実だけで、世界の二大大国に成り上がったことを印象付けられ、一定の成果にできたと考えられる。

 ただし、最近の中国は、教育部(日本の文部科学省に該当)が運営し中国語や中国文化などを広める「孔子学院」や、中国政府が運営する英字新聞社『チャイナ・デイリー』が発行する広告で中国の政治・経済・文化などさまざまな話題を好意的に取り上げ発信する『チャイナ・ウォッチ』に代表されるような、世界各国に対して巧みに仕掛けることで一定の効果を発揮していたパブリック・ディプロマシー(広報文化外交:以下、PD)の成果の芽を自ら摘んでしまった感が否めない。

『チャイナ・ウォッチ』(note)

新聞のような『チャイナ・ウォッチ』は「広告」で、これを折り込む新聞社は広告収入を得ている(AP/AFLO)

 その最たるものが2020年6月の香港国家安全維持法の施行や新疆ウイグル自治区の再教育収容所にみられる人権問題である。米国に加えて、それまで積極的な関与を控えていた欧州などもこの問題を契機に対中警戒心をヒートアップさせたことを踏まえれば、これは中国の〝オウンゴール〟と言わざるを得ない。

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