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世の中にない商品をつくれば価格は自分で決められる|【特集】価値を売る経営で安いニッポンから抜け出せ[REPORT-価値の「伝え方」2]

バブル崩壊以降、日本の物価と賃金は低迷し続けている。 この間、企業は〝安値競争〟を繰り広げ、「良いものを安く売る」努力に傾倒した。 しかし、安易な価格競争は誰も幸せにしない。価値あるものには適正な値決めが必要だ。 お茶の間にも浸透した〝安いニッポン〟──。脱却のヒントを〝価値を生み出す現場〟から探ろう。

〝超〟富裕層のニーズを満たす旅行コンテンツを提供するエクスぺリサス。「五ツ星の体験」をつくることでどのような「価値」を生み出しているのか。

文・編集部(友森敏雄)


 10月11日から、訪日外国人旅行者(インバウンド)に対して、1日5万人に制限していた入国者数の上限を撤廃し、個人旅行も解禁された。新型コロナウイルスが流行する前の2019年、訪日外国人数は、3188万人と過去最高を記録。日本の観光資源が世界中の人々を魅了した結果だが、足りないものがあった。

 〝超〟富裕層のニーズを満たすコンテンツだ。そうした隠れたニーズがあることをいち早くキャッチして「五ツ星の体験」を創出するというコンセプトで、17年に創業したエクスぺリサス(東京都渋谷区)。社長の丸山智義さんに話を聞いた。

2017年にエクスぺリサスを創業した丸山さん。未開拓の市場を広げていくことに意欲を燃やす (WEDGE)

 日本には、神社仏閣などの文化遺産や自然遺産が25件あり、世界遺産登録件数は世界11位で、三ツ星レストランや五ツ星ホテルも数多く存在する観光大国だ。ところが、〝超〟がつくほどの外国人富裕層のニーズを満たすことができる「五ツ星の体験」、つまり、ラグジュアリーな旅行コンテンツを提供することのできる会社がなかった。

 例えば、外国人観光客に人気の高い関西地域の神社仏閣を貸し切って、通常であれば非公開な場所を旅行者に限り公開し、僧侶の解説つきで特別な体験をしてきてもらうといったものだ。

 こうしたプランを打ち出す旅行会社は国内でもあるが、エクスぺリサスのプランは「オーダーメイド型」が多い。「寺社との信頼関係上、具体的なことは言えない」(丸山さん)としつつも、そのコンテンツは、他社には決して真似できるものではないという。

宮島の大聖院を貸し切って行った「雲海」の演出 (XPERISUS)

 「一例を挙げれば、世界遺産である安芸の宮島。ここで最古の歴史を誇る大聖院を夜間貸し切る、同じく世界遺産の高野山を代表する宿坊と連携した体験プログラム、金剛峯寺と連携した演劇プログラムなどをご用意しています。こうしたニーズに応えることができれば、日本の文化・伝統を知ってもらい日本のファンを増やすことができるとともに、日本が世界に誇る文化財を未来の世代に残すためにも役に立つはず」と、丸山さんは考えたという。

 そこで行ったのが、国内外におけるネットワークづくりだ。海外においては、プライベート・トラベル・デザイナー、プライベート・バンク、クレジット会社、富裕層向けの旅行代理店と提携する一方、国内においては敷居の高い神社仏閣、美術館、有名レストランを日参して関係を築いた。企業秘密だが「基本的には紹介ベースで、地道な活動」だという。

 このような準備期間を経て、海外の超富裕層向けにオーダーメイド型でさまざまな体験プランを提供してきた。中には一晩で1人100万円を超すプランもあったという。

 「例えば、ニューヨーク在住の富裕層が京都で2日間過ごすとします。そんな短期間の中で、どのようなコンテンツを提供すれば特別な体験となるのか知恵を絞り、他社には真似できないことを形にしていくことがわが社の競争力の源泉です」

 コロナ禍でインバウンドの需要は2年以上ストップし、同社にとっては試練の時を迎えたが、この間、日本人のニーズにも変化があった。エクスぺリサスの取り組みを知った日本のメーカーから、「自社商品を購入した顧客向けや、自社製品のコンセプトを実感してもらうために、特別な体験プランを用意してほしい」という要望が寄せられるようになったという。

 「大きな時代の流れだと思います。いわゆる〝モノ〟から〝コト〟へ、です。一部の地方自治体からも、地域の観光資源を富裕層向けに提供したいというニーズも出てきました。コロナ禍で一般の観光客が減ったことで、単価の高い富裕層を取り込みたいというニーズが生まれたのだと思います」

原価が決まっていないから
価格競争にはならない

 日本には大手旅行代理店などを含めた旅行業者は1万社以上ある(20年4月1日時点。観光庁調べ)。旅行代理店の多くは、宿泊施設や交通機関から商品(部屋や座席など)を割安に仕入れ、他社よりも「安く」大量販売するというビジネスモデルが本流だった。

 昨今ではOTA(オンライン・トラベル・エージェント)が台頭しているが、同じようなビジネスモデルであることが少なくない。つまり、コンテンツ制作力よりも「価格」が優先とされる。だからこそ、エクスぺリサスの出番も増えてくるというわけだ。

 欧米やアジアではどのような形で富裕層に特別な体験が提供されているのだろうか。

 「日本と異なり、もともと階層がはっきりしていることで、ターゲットを絞ったコンテンツの提供がしやすいという背景があります。また、年に1、2回はバカンスをとるというカルチャーもあるので、提供する側も顧客のニーズを理解し、次々と新しいコンテンツを提供することができるという好循環が生まれます」

 丸山さんは、このビジネスの醍醐味は「これまでになかった仕組みをつくること」だという。表面的には見えていなかったニーズとシーズをつなぐということだ。エクスぺリサスが提供するコンテンツ自体も、マスに提供できるものではない。だからこそ大々的にプロモーションを打つ必要もない。

 「例えば、美術館を夜間貸し切ったとします。しかし、入館料と違いそこに原価はありません。実施したことがなかったことをするわけですから。価格競争が生まれることもありません。われわれ企画を考える側と、リアルコンテンツを提供する側でレベニューをシェアすることができると同時に、ユーザーには満足いただけるだけの特別な体験を提供することができます」

 そもそも、存在しなかったサービスをゼロからつくるのだから、値決めも提供者次第だ。

 「来春に向けてすでに予約が入りはじめています。この間も、新しいコンテンツづくりを進めてきました。例えば、広島県尾道市では、『ディナーホッピング』といって、知る人ぞ知る地元のレストランの一押しメニューだけを食べ歩くことができるというプランを開発しました」

 新型コロナに伴う規制の緩和がさらに進めば、集客を増やすことができるという確信が、丸山さんの声色からひしひしと伝わってきた。

出典:Wedge 2022年11月号

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