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中国の狙うマラッカ海峡進出 その野心に対抗する術を持て|【特集】押し寄せる中国の脅威 危機は海からやってくる[Part7]

「中国の攻撃は2027年よりも前に起こる可能性がある」──。アキリーノ米太平洋艦隊司令官(当時)は今年3月、台湾有事への危機感をこう表現した。狭い海を隔てて押し寄せる中国の脅威。情勢は緊迫する一方だ。この状況に正面から向き合わなければ、日本は戦後、経験したことのないような「危機」に直面することになるだろう。今、求められる必要な「備え」を徹底検証する。
※年号、肩書、年齢は掲載当時のもの

中国が海洋に覇を唱えるためには、マラッカ海峡の将来的な掌握が欠かせない。現地華人への浸透工作はその一環。だが中国の動きを封じねば、自由世界は脅かされる。

文・久末亮一(Ryoichi Hisasue)
日本貿易振興機構(JETRO)アジア経済研究所 開発研究センター企業・産業研究グループ 副主任研究員
学術博士(東京大学)。香港大学アジア研究センター客員研究員、東京大学大学院総合文化研究科助教、政策研究大学院大学安全保障・国際問題プログラム研究助手などを経て、2011年から現職。

 中国は、東南アジアのマラッカ海峡の戦略的重要性を強く認識しており、対外進出を本格化させた21世紀に入ってからは二つの方策を試みてきた。

 一つは、海上輸送路に代わるパイプラインや鉄道など新たな陸上輸送ルートの確保である。しかし、これらは現地政情の変化といった困難が付きまとう上、海上輸送路と比較すれば圧倒的な輸送量の低さと安全性確保の難しさがある。もう一つは、マラッカ海峡の周辺国に有形無形の影響力を高める戦略である。これは2010年代の「一帯一路」戦略の公式化につれて本格化し、各種の浸透工作が積極展開されていった。その鍵の一つとなったのが、華人を通じたアプローチである。

 マラッカ海峡には三つの国家が存在する。スマトラ島を有するインドネシア、マレー半島のマレーシア、その南端にあって世界有数の貿易港である都市国家シンガポールである。見逃してはならないのは、中国にとっての3国との関係構築は、国情の差異から同じ方法では不可能であった点である。

マラッカ海峡

 まずインドネシアは、人口2億7000万以上を有する大国で、東南アジアの盟主としての自負を持つ。歴史的経緯から反華人感情や中国への警戒心も強い。実際問題としても、中国が一方的に主張する「九段線」とインドネシアの排他的経済水域が重複することで争いがある。しかし、14年に成立したジョコ・ウィドド政権は中国との関係強化を進め、高速鉄道計画で当初は中国を登用し、直近でも中国製の新型コロナウイルスワクチンを受け入れるなど、実利外交を展開している。

 もっとも国内一般の対中感情は難しく、華人を通じた浸透工作も容易ではない。インドネシアの華人は人口の約3%前後にすぎない少数民族で、反華人感情の強い環境に置かれてきた経緯から、華人側にも中国の代弁者と誤解されることに警戒感がある。

 これに対してマレーシアは華人の人口比率が約23%と高く、比較的自由な環境を反映して、中国の浸透が容易となっている。特に中国との関係を利権化し、マレー人主体の現地政治家とのパイプ役となるブローカー的な華人が蠢く。

 たとえば、……

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