見出し画像

お年よりと絵本をひらく 第1回 「食べ物絵本で、つながる」中村柾子

「お年よりの方も、とても絵本を喜ばれるんですよ」
そう教えてくれたのは、元・保育士の中村柾子(なかむら・まさこ)さんでした。2年半のあいだ、毎週のように近所のデイサービスを訪問しては、利用者の方々と一緒に、手づくりのおもちゃで遊び、絵本を読むひとときを楽しまれたそうです。どのような絵本が、ご年配の方々に読まれ、よろこばれたのか―― その記録を、連載エッセイでお届けします。(編集部)
※毎月20日公開予定  

お年よりも絵本が好きなのでは?
私は、保育現場で30年以上、子どもたちと絵本を読んできました。それは、とても楽しい日々でした。退職後考えたことは、「お年よりも絵本が好きなのでは?」ということでした。すぐれた絵本は時をこえ、国もこえて、子どもたちに迎えられた……それなら、年齢をこえても、絵本は喜ばれるはず。幸いなことに近所のデイサービスが、「週1回、午後の1時間をどうぞ」と、受け入れてくれました。
 
でも、いざ行くとなると絵本選びに迷います。あれこれ考えた末、頭に浮かんだ絵本は、『ごはん』でした。

『ごはん』
平野恵理子 作/福音館書店

まずは、親しくなることから
デイサービスに通う皆さんは、たどってきた道も年齢もさまざまなはず。でも、食べ物を描いた絵本なら、だれにも親しみを持って、受け入れてもらえるのではないかしら。『ごはん』を思いついたもう一つの理由は、これが物語の絵本ではなく、食べ物を主役に描いた“ものの絵本”だったからです。絵本になじみがなくても、こうした絵本で楽しんでもらえたら、物語絵本への扉を開けられるかもしれません。

まずは、みなさんと親しくなることが先決。選書はゆくゆく考えればいい、そんな気持ちで、施設通いが始まりました。
 
当日は『ごはん』の他に、『おにぎり』『おもち』『のりまき』などの絵本も持っていきました。何冊かあれば、気にいってもらえる1冊があるかもしれませんから。
 
「この方たちに、お願いします」と案内され、テーブルに着くと、物静かな5人の方の目が、私に注がれました。「みなさんと一緒に絵本を楽しみたいと思います、どうぞよろしく」と自己紹介をし、絵本を取り出しました。5人の目が、ものめずらしそうに絵本を見つめています。
 
『ごはん』の表紙には、お茶碗に盛られた真っ白なごはんが、お箸とともに描かれ、本を開くと、炊き込みご飯や、洋食、おむすびに、茶漬け、お寿司などが並んでいます。

『ごはん』より

笑い声が、会話が、うまれる
はじめのうちは、言葉もなく、ただじっと絵を見ていたみなさんですが、「好きなごはんはありますか」とたずねると、「お寿司」「うなぎ」と、少しずつ答えが返ってきました。「おいしそう」とつぶやく人や、「このご飯は知らない」とビビンバを指さす人。私がおむすびの絵に手をのばし、食べるまねをすると、「あら」と驚く声。「みなさんもどうぞ」と言うと、笑い声が生まれました。

表情がほぐれると、「お寿司は、好きなのは、あとから食べる」「私は、好きなのから食べる」「あー、食べたくなっちゃった」と、言葉も次々とびだします。 

『おもち』
彦坂有紀 もりといずみ さく/福音館書店

2冊目は、『おもち』です。真っ白いおもちが、火鉢で焼かれて、少しずつこげ目がついてくると、ひとりの人が言いました。「これくらいの焼き加減がいいのよね。ほんと、おいしそう」。すると、もうひとりの人が、「昔はお正月しか食べられなかったものよ」と、言いました。

『おもち』より

食べ物には、思い出が詰まっているものですね。食べ物の絵本は、みんなの気持ちをほぐしてくれる、おいしい絵本でした! みなさんと親しくなれるかしら、と少し不安だった気持ちが楽しみに変わった帰り道でした。

著者プロフィール
中村柾子(なかむら・まさこ)
1944年、東京生まれ。青山学院女子短期大学児童教育科卒業。
10年間幼稚園に勤務後、保育士として26年間保育園で仕事をする。退職後、青山学院女子短期大学、立教女学院短期大学などで非常勤講師を務める。
著書に評論『絵本はともだち』『絵本の本』(ともに福音館書店)がある。

第2回は「音と声をだす――言葉あそびの絵本」を、お届け予定です。どうぞお楽しみに!



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?