変化を恐れず楽しむ。常に新しい展開を考える。長岡技術科学大学 溝尻 瑞枝 先生
日出間先生にご紹介いただきました溝尻先生にお話をお聞きしました。
3Dプリンターによる金属の造形
—今、どんな研究をされていますか?
溝尻先生:3Dプリンターで、金属の造形をしています。
プリンターで造形をすると言うと、大きいものを作るのが一般的です。しかし、私は小さいものを作ることにとても興味があります。
小さい金属の造形をする時、
「大きなものをそのままスケールダウンしたらできるんじゃないか?」と思われる方も多いですが、実際はできません。
金属をそのままスケールダウンすると、まず原料の粉末のサイズを小さくすることになり、体積に対して表面積が大きくなります。表面が酸化してしまい、それを焼き固めても金属はできないんです。
その為、私は、原料に金属の酸化物のナノ粒子や金属錯体を使い、レーザを当てながら造形する、というプロセスの研究をしています。
—すごいですよね。改めてめちゃめちゃ驚きでした。
溝尻先生:ありがとうございます。3次元の造形ですと、一層ずつ積み重ねていくのが一般的なんです。初め、私もその方法でやっていました。
最近では、レーザの波長に対して、透明なナノ粒子のインクを使っています。レーザで集光したらその焦点の近傍だけで吸収が起きるという現象を利用し、インクの内部に局所的に金属化する、研究をしています。
私は、よくあるレーザではなく、短い時間でパルスが圧縮して出る、フェムト秒レーザを使っています。フェムト秒レーザは、パルスのエネルギーとしてはすごく小さく、数ナノジュールのオーダーです。時間的に圧縮しているので、強度としてかなり強いことが特徴です。
—なるほどです。溝尻先生が作っているもので、今、社会で使われているものはありますか?
溝尻先生:まだ社会には、還元できていません。今、まさに広げている段階です。いろんな材料に適用できないか?企業さんと共同研究をさせていただき、進めているところです。
大学の先生の影響で加工の魅力を知る
—なぜ、金属3Dプリンターでものを作ろうと思われたんですか?それとも、レーザ加工に興味があったのでしょうか?
溝尻先生:フェムト秒レーザで、金属を加工することにずっと興味がありました。学生の時、このレーザを使って、樹脂の内部だけを光化学反応で重合する研究をやっていました。
フェムト秒レーザを使うと繰り返すパルスの影響で励起される光化学反応だけでなく、熱の影響が樹脂に出てくることがわかった、というのが博士課程の研究だったんです。
その時は、光化学反応だけで熱はいらない、どうやったら熱の影響を少なくできるか、ということを考えていました。
その後、産総研に就職しました。そこでは、レーザとは全く関係のない、熱を使って、粉を焼結して物を作るグループでした。粉末冶金という分野です。そこで初めて粉を使うようになりました。
そして、大学で研究したいな、と大学に移りました。
今まで邪魔だと思っていた熱の影響を、逆に利用し、粉末冶金に適用できないだろうか?それが、今の研究のスタートです。
—なるほどです。気になった点が2つあります。1点目は、そもそもフェムト秒レーザや、物理学に興味をもったのは、なぜですか?もう1点は、産総研に就職したあと、もう一度大学に行かれた経緯を深くお聞きしたいです。
溝尻先生:フェムト秒レーザや物理学に興味を持ったのはなぜか、ですが、私は、幼い頃からレーザ好き、とかそんな訳はなく…(笑)
ただ、理系は好きだったんですね。家族や親戚含め、研究者や理系の職業の人が多かったんです。意識したのは、家族や親戚と同じ研究分野にならないようにしよう、ということでした。学会とかで会うの嫌ですし(笑)苗字が苗字なんでバレるなと思いました。
機械、材料っていう分野が身内にはいなかったんです(笑)。
—めっちゃおもしろいです。
溝尻先生:当時、ホンダの二足歩行のアシモというロボットを見て、面白いかも!と思いました。ロボットで有名な先生が、大阪大学にいらっしゃることを知り、大阪大学を選びました。
入学後に、講義で「人間を知るためにロボットを作っている」というようなことを聞いて、「私の興味は少し違うかな?」と思ったのを覚えています。
講義の中で、溶接の先生が「どんなに単体で機能性のある素晴らしい材料を作ったとしても、それを使うために加工したら、その機能が消えてしまうことがある。加工はとても大事だ」みたいな話をされていて、これだ!と思ったんです。
いい材料を作って、その材料がそのまま使えるような加工プロセスを研究したい、研究のテーマとして魅力があるなと決めました。
大学から産総研、産総研から大学へ
もう一つの質問の産総研に就職した後、もう一度大学に行った経緯ですが、
まず、産総研に就職したのは、博士の時、共同研究で、大阪の産総研で研究をしていて、研究者だけのプロフェッショナル集団がバリバリ研究する姿を垣間見て、いいな〜と思ったからです。
—なるほどです。
溝尻先生:産総研での研究は楽しかったです。経験を積まれてから産総研にこられた方は、今までの経験をどう活かすかを考えられたり、折り合いをつけて研究されていると思います。でも、私の場合フレッシュで就職して、あれもやってみたい、これもやってみたいと思っていたんです。
産総研は、ご存知のように経済産業省の下の研究所なので、私にとってはちょっと独特の雰囲気で...若かったので色々な意味で研究者として考えると大学の魅力が忘れられませんでした(笑)。
産総研は、5年経つとパーマネントになるので、3年やって、きっかけが重なった時期でもあり、そろそろ大学の研究に移ろうかなと思いました。
—なるほどなるほど。
溝尻先生:学生の時にお世話になっていた先生は、もともと産総研で偉い職についておられた後、教授のポストで大学に移られていました。そういうルートを何となく学生の時に知っていました。
—なるほどです。そういうルートを知っている、そういう人を近くで見ていると選択肢が広がりますよね。
溝尻先生:そうですね。若くして、ぱっと出ていくのに悩んだ時期もあったのですが、ずっと研究所にいると、出られなくなるんじゃないかなという思いもありました。
産総研でのスキルが役に立った
—おもしろいです。大学側としても、別業界から来ることは、学生の刺激にもなりますし、ウェルカムな気がします。
溝尻先生:そうですね。珍しい存在ではあったかなと思います。
後に、名古屋大学の上司から聞いたことですが、「研究所で働いていたのなら、論文はそれなりに書けるだろうと思い溝尻を採用した」と仰っていました。
—サラリーマンでも、何年かしっかりした企業で働いて、その知識を活かせる別業界に転職したり、起業する方も多いですもんね。
溝尻先生:すごく役立ったのが、大学に行ってプロジェクトで特許を取る時でした。産総研では研修もありましたし、明細書案まで自分で書くことが必要でした。大学ではそこまでしなくてよかったんですけどね。早くスムーズに取ることができました。
—一度していると、ノウハウを知っていますもんね。
溝尻先生:大学は手厚く、発明内容の概要を伝えると作ってくれるそうです(笑)。全然知らなくて(笑)プロジェクトで急いでいる時に案を作っていったら、大学の方に「ここまでしなくていいよ」と言われました(笑)。
—初めは、名古屋大学に行き、今は、長岡技術科学大学の准教授ですか?
溝尻先生:そうです。長岡に来た理由は、文部科学省の卓越研究員事業に採択されたためです。研究者側と受け入れたい大学側とをマッチングさせ、採用するという制度です。
卓越研究員事業は、蓋を開けてみないと、どこの大学が募集しているかわかりません(2021年度から制度が変わっています)。研究費を支援していただけて、独立した研究場所を作ってくれるという条件でした。そろそろ上にいくことも考えないとなと思っていた時期でした。
独立した研究室を持ちたい
—溝尻先生は、思いは一緒でも、誰かの下でするよりは、自分の研究室で色んなテーマをする方がいいのでしょうか。
溝尻先生:名古屋大学では、助教であるにも関わらず自由にさせていただきました。プロジェクトを新しく始める時もうまくコラボさせていただきました。けれども、少し大きな規模で研究したいなと思った時、「独立しよう」と思いました。
独立した研究室を運営させてもらえる大学を探していました。
—今、そういう方のインタビューが続いています。そのために、ドイツ行かれた方、台湾に行かれた方...
溝尻先生:確かにそうかもしれないですね。自分がしたいことを大きな規模で研究したい、と考えると、独立しているというのはメリットがあります。今、若手でもエンカレッジしてくれる国の制度が増えてきています。
—めちゃめちゃいいですね。
溝尻先生:JSTの創発的研究支援事業も同じです。独立してない人は3年間でしましょうというようなものです。
—僕自身、修士まで進みましたが、自分で探して制度を利用することはあまりなかったです。最近、どんどん増えてきているのでしょうか。
溝尻先生:学生の時は、単純に研究が続けたくて博士課程まで進みました。
私の博士の時の実質の指導教員が、助教になられてすぐの先生でした。その先生のもと、研究させていただいたので、どういう風に研究を展開していくかをスタートから見せていただけました。
その先生も偉くなられて、他の大学に移られました。移動してステップアップしていくといい、ずっとそこにいないといけないわけじゃない、というのを見せていただけたのが良かったです。
自分が一番研究を楽しんでいた
—今までで、一番印象に残っていることってどんなことでしょうか。
溝尻先生:名古屋大学に行ったことですね。名古屋大学はプロパーの先生が少なかったんです。私のいた研究室も、教授も准教授も名古屋大学の人ではなく、ほとんど外から来られた方ばかりでした。そんな環境だったので、場所にこだわることはない、同じ場所にいないといけないわけじゃないと生で感じました。
教授がとてもいい意味で面白くて、いい方だったのも印象的な理由の一つです。産総研で研究していたからかもしれませんが、成果を出していたら何も言わない、好きに研究したらいいというスタンスで、ほんとに自由にさせていただきました。
また、研究室で配属された学生の分配は「仁義なき戦いだから」と言われていました。
—ははは!笑
溝尻先生:学生が選んで、受け入れるキャパがあれば、教授、准教授、助教関係なく本当に仁義なき戦いでした。最後私が名古屋大学を出る年は、毎年5~8人の中、M2が4人で学部2人と学生が選んだとおりにたくさん受け入れさせていただきました。
—学生が多かったのは、何が要因だと思いますか?
溝尻先生:多分、学生目線で、一番若かった私自身が楽しそうにやっているなと思ったんだと思います。教授は実験室で実験はできませんし、准教授もお忙しいので、なかなか自分では研究できません。
—僕も、佐藤先生の研究室に決めたのはその理由です。僕が研究室に入る前の年の後期に来られていて、授業だけでまだ研究室は持っておられませんでした。授業の後たくさんお話ししてくれましたし、研究も楽しそうにされていました。
溝尻先生:今は自分自身が実験する時間が格段に減ってしまいました。今、学生が12人います。学生を押しのけて自分が実験するのもちょっと気が引けます(笑)。
最近では、自分自身が実験をするのは、週末に短時間、新しいテーマを0からする時だけです。その後は「うまくいったからちょっと見に来て」と言われて最後を見に行くくらいになっています。一番楽しそうなところは自分ではできていないんです...
ポジティブな雰囲気をつくる
—何をしてたとしても、キャリアを重ねたら統括する側、全体を見る側へまわっていきますが、でも現場には立ちたいのもありますよね。
これ、困ったな、というのはありますか?
溝尻先生:研究は思ったようにはいかないので、困ったなのサイクルは結構何回も起きます(笑)。その時に、あまり深刻にならないで、今気づいて良かったな、と前向きに考えるようにしています。
私もそうでしたが、学生は、思っていたように行かなかったら結構ガッカリするんです。
—学生はリミットありますもんね。修士だと2年、博士だと3年で結果出さないと期間を伸ばすことになりますもんね。
溝尻先生:私にとったら、いっぱいテーマある中の、うまくいかなかったことのひとつですけど、学生にとったら自分の思っていたことのうまくいかなかった1分の1になるので、やっぱりショックはショックだろうと思います。
うまくいかなくても、失敗を活かせるような枝葉を一つ伸ばすこと。本当にやりたかったことはもう一度考え直すこと。極力ポジティブな雰囲気に。
これらを心がけています。
このインタビューをみて「本当に思ってんのか?」って思われたら困りますね(笑)。
加工過程の理論を理解していきたい
—これから挑戦していきたいことと、若手研究者の方に一言頂けたら嬉しいです。
溝尻先生:これまで、レーザを当てて、金属にし、焼結して形を作ってきました。それはとても短い時間での現象です。どのように金属が析出して、焼結して、粒子同士がくっついていって金属ができているのか。その過程をこれから調べていきたいです。
これを、日出間先生も同期で採択されたJST創発でもテーマにしています。その過程がわかると、例えば、過剰に加熱しないで、金属になったらそこで加熱を止めることができたり、大気中の酸素とさらに反応することを減らしたりできます。
—ありがとうございます。加工が好きで、そこからロジックに行くタイプなんですね。逆にロジック先行で、もうそろそろ形にしないとな、というタイプの方もいらっしゃいますよね。
溝尻先生:モノ、特に小さいモノを作るのが好きで、面白いな〜というのがずっとあります。クオリティを詰めるのには理論も理解しないと難しいと、やっているうちに思ってきました。
—なるほどです。ありがとうございます。若手に一言、お願いします。
移動や変化を恐れないこと
溝尻先生:ちょっと対照的なんですが、こだわるところはこだわって、でも、移動や変化することは恐れないことが大事です。
—今あるものを手放すって怖いですもんね。
溝尻先生:私は少々飽きっぽい性格がサポートしてくれているのかもしれません。ずっと同じことをやっていて、だんだん分かってくる楽しさは当然あるんですが、それを10年続けたその先に道が開けるかなといつも考えています。
—僕も似たタイプです。飽き性だし、色々するのが面白いし、先がちょっと見えてしまったら僕じゃなくてもいいと思ってしまい、今まで以上の情熱がなくなるというか...(笑)
溝尻先生:このまま詰めていけばいいな、と思った時に、もちろん、その時点できっちり調べて纏めていきながらも、新しい展開を考えておかないと、広がらないと思います。
—そうですよね。僕纏めるのを疎かにして怒られちゃうこと結構多いです...(笑)
溝尻先生:纏めていくのも成果が形になって結構楽しいですよ。
—ありがとうございました。たくさんお聞きできて良かったです。
溝尻先生ありがとうございました。先輩研究者の皆様の悩んだこと、どうやって乗り越えたか、成功の裏側などをどんどん発信していきます。
次回もお楽しみにしていてください。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?