映画と車が紡ぐ世界chapter106
大空港 トヨタ SAI G AZK10型 2014年式
Airport Toyota SAI G Azk10 2014
羽田空港第一ターミナルの駐車場に SAIが滑り込んだ時
時計の針は 待ち合わせ時間の 15度手前を指していた
「何とか間に合いそうだ」
紺のショートダッフルに腕を通しながら運転席のドアを開ける僕に
”一人で大丈夫かい・・・” SAIが言った
マイナーチェンジで キリッと精悍になった
フロントフェイスに相応しくない応援に ハイブリットの優しさを感じた
両手の人差し指を スッとSAIに向ける
学生時代 キャッチャーだった僕が
マウンドで震えるピッチャーに使った おまじないだ
「魔法にかかりたいのは 僕のほうだけどね・・・」
4つ年上のカノジョは会社の先輩
淡いピンクのルージュが
いつも コケティッシュな雰囲気を演出しているが
営業マンとしては トップの成績を誇っている
そんなカノジョに 入社早々無謀にもプロポーズした僕は
カノジョが既婚者だということを後から知った
その時・・・
カノジョは にこりと笑うと 女神さまの祝福だ!
というと 僕の額をツンと押した
その日以来 僕はカノジョのパートナーに選ばれた
営業廻りはもちろん
食事から接待 地方出張まで
いつも共に行動し 仕事のイロハから 酒の肴の薀蓄まで教わった
「学んだことは すぐにノートにつけること!」
これがカノジョの口癖だったが
ノートなどなくてもカノジョの言葉を 忘れるわけがなかった
こんな生活が2年も続き
いつしか僕は
本当にカノジョと結婚生活を送っているよな気分になっていた
しかし・・・
女神さまの祝福のおかげで 成績上位の常連となった僕に
人事異動の辞令が下りた
関西への転勤
それは 我が社の有望なラインを指していた
うれしいことに違いはない ただ・・・
それは僕の 小さな恋の終わりを示していた
そして今・・・
僕は 羽田第一ターミナルに来ている
カノジョからの 一通のメールによって・・・
”君の手を初めて握った ビックバードで待っている
ノートに記録されているかい?・・・”
曇天のビックバード屋上には 誰もいなかった
飛行機が 次々と滑走路に舞い降りる
その後ろの空には まだ無数の光点が続いている
それは 遠い昔 母親に連れられていった村祭りの提灯を思い出させた
飛行機の明かりを眺めながら ひたすらカノジョを待った
時計の長針が 予定の時間から 一周したとき
想った・・・
時間に正確なカノジョが
待合わせ場所に遅れたことなど 一度もなかった
これが カノジョなりの別れの挨拶だったのだろう・・・
忘れるはずのない
カノジョの柔らかい掌の感触を思い出していた右手に冷たい雨粒が落ちた
ロングヘアーのふわりとした流線が 黒いロングコートへ続いている
その中で 今日もピンクのルージュがつややかに輝くカノジョは
彼の視線に入らない場所に佇んでいた
「もし 彼が私を見つけてくれたら・・・」
結婚生活は 遥か昔に破たんしていた
しかし 社会人としての地位を守るため
会社では 良妻であることを演じ続けてきた 苦しかった・・・
そんな時
ひたすら猪突猛進の君から告白を受けた
何年も昔に 無くしていた 熱い感情が蘇り 私は恋をした ただ・・・
一時の感情に踊らされて生まれる悲劇を 何度も見てきた私は臆病だった
だから 上司と部下というレール上での戯れの恋愛ゲームが 心地よかった
こんな生活 いつまでも 続くとは思わなかったけれど・・・
♪ ラブ・ストーリーは突然に - 小田和正 ♪
そのとき 突然に 小田和正の歌声が 頭をよぎった
これでいいの・・・
右手が 私の意識とは別に 彼にメールを入れていた・・・
私は 恋愛ゲームから 一歩前に踏み出してしまった
彼は 来てくれた
こんなに うれしいことはないのに・・・
でも・・・
でも・・・
あと一歩が踏み出せない
仕事なら どこまでも 前向きでいられるのに
やがて 彼は時計を見ると あきらめたように 屋上を後にした
「やっぱり だめね・・・」
小さな額をコトンと下げた
「もう少し ここに居させて どうせ私は 一人ぼっちなのだから・・・」
滑走路にできた 地上の宇宙空間・・・
ランプの星屑が 昔見た映画を 思い出させた
「メル(Burt Lancaster)も 冷え切った夫婦関係と
同僚のターニャ(Jean Seberg)との未来・・・
どちらを選ぶか悩んでいた・・・
今の私にそっくりだけど 結末は違うみたい・・・」
時計が22時を廻り デッキの終了時間がやってきた・・・
飛行機と星屑たち そして 時折頬に落ちる雨粒たちに
別れを告げて 階段を降り始めた
Katu Katu Katu!
階下から勢いよく駆け上がってくる足音・・・
彼だった!
「Haa Haa Haa・・・
やっと逢えた・・・やっぱり こっちで良かったのか・・・」
どうやら彼は
第二ターミナルまで行ってきたようだ 隠れていた私が悪いのに
「だから ノートは大切だと言ってるの!」
少しだけ頬をふくらまして私は言った
「ノートには書いてありましたよ・・・
ただ 眼に雨粒が入ったのかな・・・ⅠがⅡに見えたんだよ・・・」
彼の瞳は潤んでいた・・・
「SAI・・・やっぱり 僕は一人じゃだめだ 泣き虫なんだ・・・」
そう思ったとき カノジョは 僕の額をツンと押した
「見つけてくれてありがとう 信じてたよ・・・」
滑走路に浮かぶ
地上の星屑が 雨粒と カノジョの瞳に映り込み
夜空の星たちを凌駕するほどの 輝きを放つなか
僕らを祝福するように 777が大空に飛び立った
※映画「大空港」に登場するボーイング707は
1958年10月26日にパンアメリカン航空により初飛行しました
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